ジェスチャーという言葉は、日本語と英語で少し違った意味を持っているように思う。日本語でジェスチャーというと、身振り手振りのことで、大きさなど言葉で表せない情報を手の格好で示すことや、言葉の代わりに身振りで示すことを意味する場合が多い。それに対し英語の gesture は感情などをあらわす表現としての性格が強い。
一例として米国人のジェスチャーの代表格のように言われる肩をすくめ両手を外に向ける「shrug」と呼ばれる動作について考えてみよう。日本人がすると、今描写したのとまったく同じようにすることが多い。表情は日本人の常としてつけないこともあるが、唇を少し「への字」にすることだろう。また言葉を伴っていることが多い。だが米国人の場合、動作の大きさはさまざまである。小さな動作の場合は片方の手のひらを外に向けるだけ、あるいは両手を開いて少し上に向けるだけのこともある。つまり「肩をすくめる」ことではなく、手のひらを外に向けることがジェスチャーの中心なのだ。また表情はかならずついている。眉を上げ、唇を「への字」にして視線をそらす。このジェスチャーで米国人が示すのは、「諦め」「不満」「反発」などである。言葉を伴わないことのほうが多いように思う。
この本の項目「ジェスチャー」では、ジェスチャーを生成する「自由イメージ仮説」と「インターフェース仮説」が説明されている。ここで使われている「ジェスチャー」は、「言葉の補完情報としての動作」という意味である。たとえば「右に曲がる」と説明するときに、右に曲がる身振りをつけるようなジェスチャーだ。
自由イメージ仮説では伝えたい内容のイメージを自由に生成すると考える。インターフェース仮説では、イメージを言語表現に直したうえでそれに適したジェスチャーを生成すると考える。
著者(喜多壮太郎)の実験では、「猫が道路の向こう側にあるビルにいる小鳥を捕まえようとして、ターザンのようにひもにつかまって行くという場面」のアニメーションを日本語話者と英語話者に提示し、その場面を説明する際のジェスチャーを比較した。
日本語話者は半数以上がまっすぐのジェスチャーを使ってシーンを描写したのに対し、英語話者はswingという動詞を使い、ほぼ全員が弧を描くようなジェスチャーを使ってシーンを説明した。ジェスチャーは言語によって影響されるので、「インターフェース仮説」のほうが現実によく適合すると結論されている。
「shrug」の訳語を「肩をすくめる」から「手のひらを外に向ける」に変えれば、日本人のジェスチャーも変わるかもしれない。
コメント