ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 — 1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社文庫)を読了した。原著は400ページの本だったようだが、日本語訳の文庫本では上下2巻に分かれ、各々が400ページある。だが、翻訳は読みやすく、正確だと思われる。「訳者あとがき」の末尾に「訳文を何度も通読し、チェックしてくださった草思社編集部の藤田博氏の奮闘があったことを記しておきたい(下409ページ)」と述べられているように、編集者の貢献も大きいのだと思う。数百ページにもわたる本を何回も通読するというのは、仕事でとはいえ大変な作業だっただろう。

著者のダイアモンドは5月11日のブログで取り上げたように、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部生理学教授を経て、現在は同校地理学教授をしている。著者の紹介を、同じ「訳者あとがき」から引用する。

ダイアモンド博士は、[当時]生理学科に所属する医学部の教授であるのと同時に、著名な進化生物学者でもある。小児遺伝病が専門の医者であった父の影響で医者を目指したが、学部の最終学年で専攻を医学から生物学に変更したという。大学では自然科学分野の学科だけでなく、語学や歴史にも、また文章を書くことにも大いに興味を示している。生理学で博士号を得たあと、分子生理学と進化生物学の二つの分野を専門に研究しているほか、分子生物学、遺伝子学、生物地理学、環境地理学、考古学、人類学、言語学についても詳しい。まさに学際の才人であり、壮大なパースペクティブで人類史の謎に迫るにはうってつけの人物である。(下406ページ)

著者が目指すのは人類史の自然科学化である。彼は、エピローグで、歴史が社会科学の中でも最も「理系」寄りでない学問とされるが、政治学が「政治科学」として、経済学が「経済科学」として成り立っているように、歴史も「歴史科学」としての道を歩むべきだと、熱心に主張している。

歴史の研究を大学でおこなっている学部が、みずからを「歴史科学部」と称していることはめったにない。歴史学者で、みずからを科学者としてとらえ、自然科学や科学的手法を身につけた人はほとんどいない。[中略]
歴史から一般則を導きだすのは、惑星の軌道から一般則を導きだすことよりもむずかしい、ということは否定できない。しかし、むずかしいけれども絶対に不可能とは思えない。天文学、気象学、生態学、進化生物学、地質学、そして古生物学といった自然科学の学問も過去にあった事物を研究の対象としており、そこから一般則を導きだすことは歴史学と同じくらいむずかしいはずである。(下395ページから396ページ)

著者の試みはかなりの成功を収めているといっていいだろう。彼は歴史(文献)的資料だけでなく、考古学の資料、遺伝学的データ、進化生物学的データ、言語学の資料、地理資料などを駆使して人類が1万数千年にわたって歩んできた道を明らかにしている。非常に明快で、説得力に富んでいる。ただ、このような「芸当」はそれらの学問に通じた著者だからできたのであって、なかなか真似のできるものではない。

著者は、プロローグの冒頭で25年前にあるニューギニア人から「あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人は自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」と訊かれたことがこの本の執筆動機だったと述べている(上24ページ)。25年もの間の飽くなき探求がこの本を生んだのだと感心する。

この本ではヨーロッパがあまり取り上げられていない。ヨーロッパが力を持ったのはつい最近のことだからだ。主に取り上げられているのは、中近東、アジア、アフリカ、南北アメリカだ。「世界的に著名なアメリカ人の歴史学者は、逆転の人類史と題する評論を本書に対して寄せた(上4ページ「日本語版への序文」)」というが、その発想はいかにも白人中心主義のものだ。しかしこの本を読んで、私自身、アフリカやアジアの過去について、ほとんど何も知らなかったことを思い知らされた。