5月18日から米国の自動車工場も再開するとのこと、ご同慶の至りに存じます。いや、まだ慶事とは言えないのかもしれないが、レイオフされていた人たちにリコール[呼び戻し]をかけたということは、少なくとも彼らにとっては慶事に違いないでしょう。でも、
工場という密閉空間で、肩を並べて仕事をして、生産機器の騒音下、顔を近づけ大声で話さなければ意志が通じない、という三密職場で、クラスター化したら大変だが、クラスター化しない方が奇跡だとも言える
との言葉どおり、しばらくは綱渡りですね。しかも落ちる可能性のほうが高そうに思えます。

それにしても、米国の失業率はすさまじいですね。
ケンタッキー州は全米で最高の失業率(36.3%)、ジョージア州は全米で2番目(35.9%)とか。現在の居住地が1番で、かつての長年の居住地が2番ということか。

後段のところは何か因縁めいていて笑ってしまいましたが、3人に1人が失業者というのは驚くべきことです。でも、こんなときに私が感心するのは、米国場合、このような数字が即刻きちんと出てくることです。日本では、今回のCOVID-19における感染者数のように、きちんとした数字がなかなか出てこない。まあ、ニューヨーク市も訂正情報を出していますが、感染者の規模が違うんですから、やはり日本は情けないと思います。

失業率ですが、日本の失業統計は1か月のうちに1日でも働けば失業者としてカウントしないという仕組みだったと思います。日本の失業率と米国の失業率は比べられません。話は違いますが、日本の医療費も出産の費用や市販薬(OTC)に費やした金を入れていないなど、他の国と異なることが多く、比較が難しいと言われています。日本はやはり自分の国だけで閉じた社会を作っているようです。島国根性ということなのでしょうか。

当方が最も懸念するのは、コロナウィルスは、政治家の政治的タイムテーブルや11月の選挙のことなど一切気にしない存在であるという事実を、馬鹿大統領はいまだに直視しない(したくない?)こと。このままの調子でいくと、馬鹿大統領と一部の馬鹿州知事が一緒になって、「経済優先」という大衆迎合的人気取りに走り、結果として、6月末までには、感染第一波が収まらぬうちに第二波が来るという、シャレにもならぬことが起こるかも知れない。

ですが、貴国の「馬鹿大統領」はそれでも人気を維持しているようですね。我が国の「姑息総理」もそれなりの人気を維持しています。内閣の支持率は44.1%だそうです。マスクがそろそろ飽和状態に達する今になってアベノマスクが届き始め、さらに不良品のマスクの検品に800万円かけるという愚です。布マスクは予防の役には立たないと医療者が言っているのに、誰も聞く耳を持ちません。政治家だけが優れている国もなければ、政治家だけが劣っている国もないというのが、私の現在の結論です。

私は今回の騒動で、人間はこの何百年か目立った進歩はしていないということが証明されたように感じています。日本では2月末に、イタリアの高等学校の校長が生徒に向けたメッセージで17世紀のペスト流行を描いたマンゾーニの小説『いいなづけ』の一部を引用し、次のように述べたことが話題となりました。

そこには外国人への恐怖、感染源のヒステリックな捜索、専門家への軽蔑、デマ、ばかげた治療法、必需品の盗難……すべてのことがあります。これらはマンゾーニの小説からではなく、今日の新聞から出てきたかのようです。(https://digital.asahi.com/articles/ASN316KWHN31UHBI02W.html、原文はhttps://www.liceovolta.it/nuovo/la-scuola/dirigente-scolastico/1506-lettera-agli-studenti-25-febbraio-2020)

考えてみれば生物としての変化は何万年単位で起こるものです。だかだか千年未満で人間が変化ずるはずもありません。私たちは本を読み、他人の話を聞き、さまざまな経験を積んで賢くなっていっていると思いがちです。でもそれは幻想なのだと、「馬鹿大統領」「姑息総理」などをトップに据える国ぐにや、今回のCOVID-19で誰かがいみじくも「隣組の密告」だと評した「自粛警察」の動きを見て思いました。暗い事実かもしれませんが、必要な認識だと思っています。