(承前)
ひとつ断っておかねばならないことがある。それは私が素人しろうととして述べているということだ。とはいえ、何を素人と言うかは難しい。医者は医学の「玄人くろうと」だと思われているが、同じ整形外科医でも、脊椎を扱っている医師にとっては手外科の医師は脊椎に関して素人だ。耳を扱う耳鼻科医は、腫瘍を扱う耳鼻科医から見れば腫瘍の素人だ。

私は法律に関しては大学の一般教養レベルの知識が中心で、哲学に関してはほとんど知識がない。友人には哲学に詳しい者がいて、フッサールやベルクソンについて話を聞くことがある。また、最近哲学関連の本を読むことが多いので、カント、ルソー、ハイデガーなどについて、断片的に知ることとなった。だが、体系的に学んだことも、哲学の本を通読したこともない。言語学は好きで、いろいろな本を読んでいるが、興味の中心は文法論なので、言語の獲得に関しては専門書を読んでおらず、やはり一般向けの解説書からの知識が中心になる。

だが、素人だからこその視点もあると思う。手前味噌にはなるが、哲学理論の詳細に踏み込むと、かえって本質から逸れた議論になる可能性があると思う。「誰々が言ったように」と引用すると、「いや、それはそういう意味ではない」と反論されたりして、本来の議論が置き去りにされてしまう。また、複数の領域にまたがった議論をする場合、自分の専門領域以外は結局「専門外=素人」からの視点で論じざるを得ない。そもそも私にとって重要なのは真実がどこにあるかであって、誰がどう言ったかではない。

この本ではヴィトゲンシュタインの著作が多く引用されている。彼はオーストリアのウィーンの出で、後にイギリス国籍を取得している。綴りは「Wittgenstein」で、ドイツ語読みをカタカナで表記すると「ヴィトゲンシュタイン」となるのだろうが、日本では「ウィトゲンシュタイン」と、「ウ」で始める表記をしているようだ。Wienを「ウィーン」と書くようなものか。

たとえばイタリアの都市Veneziaであれば、「ベネチア」「ヴェネツィア」など表記がさまざまで、特に「v」の音については表記が大きく揺れていることがわかる。問題は、検索の際に複数の表記があると全部を見つけることが困難になることだ。

話はそれるが、字体の統合でも同様な事態が生じる。田中角栄という政治家がいたが、戸籍上、名の第1字は「⻆」(ユニコード:U+2EC6)と、真ん中の棒が下に突き抜ける形だった。国会の名札はそのように書かれていた。だが普通、彼の名を表記するときは「角」(U+89D2)という常用漢字字体を使用する。そうでないと、特に電子データの場合、検索がうまくいかなくなってしまう。表記はできるだけ揃えるに越したことはない。

話を元に戻そう。私はヴィトゲンシュタインという音に馴染んでいる(著書を読んだことはないが名前だけはよく知っている)ので、このように表記することにしたい。「表記はできるだけ揃えるに越したことはない」と書いておいたそばからではあるが、「v」を「ウ」と書くのは私には気持ちが悪い。気になる場合は「ヴ」の濁点を読み飛ばしてほしい。