主人公の児の家族の中で私がいちばん気にかけるのが、児の出生当時年長組だった兄のことだ。兄は下の子の誕生を大変楽しみにしており、父から重症の疾患に罹患していることを告げられるとうつむいて涙を流した。だが、試験外泊のときは大喜びではしゃいだという。両親はそれを見て精神的に少しずつ楽になっていき、「長男の笑顔がなければ、二日間の試験外泊は途中でギブアップだったかもしれない(63ページ)」と回想している。

だが、兄の気持ちは複雑だ。兄の行動を見ると、弟に対しやや手荒な行動をすることがあり、また弟の世話をしている親に飛びついたり叩いたりと、明らかに気を引こうとする行動をする。当然のことだが、心の中では弟に対する感情を整理できないでいる。松永は気持ちを聞き出そうとしたが、少し質問を続けると「うん」と「別に」しか答えなくなってしまった。松永も言うように、障害児がいると、家庭はどうしてもその児を中心に動くことになり、親が児にかかりきりになることもある。一般的にいって「きょうだい」は難しい立場に置かれる。この家族も、外出の予定を弟の発熱などでキャンセルすることがたびたびあった。小学生になった兄に松永が「夏休みはどこかへ行く?」と水を向けると「……朝陽が」とつぶやくように言って眉間にしわを寄せる。重ねて「でも行くとしたら、どこ?」と問うとフィールドアスレチックに行きたいと言い、その面白さを身振り手振りをまじえて熱心に語る。

その子どもの様子を見ていた母は、子どもが遊びに出かけるのを見送ってから次のように言った。

「照れ隠しだと思います、あの騒ぎ方は。本当の気持ちを喋ると泣いちゃうから」
そう言う桂子の瞳が少し潤んでいるように見えた。
「そうですか。やはり単純な思いではないんですね」
「お兄ちゃんは、よそで朝陽の話をすることはありません。先日、小学校の担任の先生と面談があったんですけど、一学期の間、お兄ちゃんが朝陽の話をしたことは一切なかったそうです。心の中のどこかで引っかかっているものが大きいのだと思います」(97ページ)

兄も自分に与えられた運命を自分の力で乗り切っていかねばならない。兄の心の中にある「内なる差別」を作り出すのは社会だ。社会全体が障害をひとつの個性として受け入れるようになることを願っている。