私は、仕事柄もあって、障害者と接することが多く、また障害者医療にかかわることも多い。そこでいつも悩むのが「表記」だ。「障害」という文字を嫌がり、「障がい」あるいは「障碍」と表記することを望む人びとがいることを知っているからだ。だが、私はあえて「障害」と表記することが多い。「障害」という表記を排除しようというのは単なる「言葉狩り」「文字狩り」でしかなく、差別を解消する力のない無意味な行為だと思うからだ。表記を変えることでかえってそれで満足し、運動の先鋭化が妨げられる可能性があるのではないかとも心配する。とは言え、嫌がる人がいることを知っているのにそう表記するわけで、申し訳ない気持ちになる。障害者に対する差別をなくす運動にますます力を入れねばならないと、そのたびに思う。

問題は、なぜ「障害」という表記を嫌うかなのだ。2010年に開催された第26回「障がい者制度改革推進会議」の「「障害」の表記に関する検討結果について」(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_26/pdf/s2.pdf)によれば、やはり「害」という字の持つ否定的な感じを嫌う意見が多い。「害」の字には、「公害」、「害虫」、「加害」等の負のイメージがあるということだ。

先日、週刊医学界新聞の連載「漢字から見る神経学」の第14回「閉じ込めと障がい」(http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03333_06)で、筆者の福武敏夫が「日本語は受け身が下手だ」という説を述べていて興味深かった。

日本では受動態の翻訳がどうも苦手なようで,名詞化した訳語が多く,硬い印象があります(evoked=誘発,forced grasping=強制把握,fixed pupil=固定瞳孔)。Locked-in syndrome=閉じ込め症候群はその点で中国語訳の閉鎖綜合症よりも評価できますが,lockedという受動態を能動態に訳すのは翻訳の限界で,患者主体に「閉じ込められ」とすべきです。中国語ではforced=被迫と訳しているのは評価できますが,fixedは日本語同様に固定と訳しています。中国語も日本漢語も受動態はやや苦手なようです。

たしかに日本人に英語を教えていても、interestedとinteresting、excitedとexcitingの使い分けの説明に苦労することがある。「障害者」は被害を受けている人なのだが、字面からそのような「受け身」の感じが伝わらないので「当事者の存在を害であるとする社会の価値観を助長してきた」という感覚が生まれるのだろう。福武は新たに「理にかなって多数の人々に受け入れられる造語を探すべき」と述べるが、そのとおりかもしれない。

私は、informed consentの理念が浸透しないのも同じ理屈ではないかと、ふと思った。informedは「受け身」であり、患者が情報の提供を受けるという方向性がはっきりと現れている。ところが、日本語の訳では「説明と同意」「告知に基づく同意」と単なる名詞に置き換えられることが多く、方向性が失われる。カタカナで書くこともおこなわれるが、「インフォームド」という文字を目にしたとき、どれほどの日本人が受動態(過去分詞)であることを意識できるのだろう。そんなことにも「患者が(充分な情報を得て)おこなう同意」という理念が置き去りにされている原因があるのではないだろうか。