この本の最後の「4 文字を伝える」は「書体の作り方を繋ぐ」と「理想の文字」の2章から構成されている。「書体の作り方を繋ぐ」の中で、鳥海は日本と明朝体の関わりを次のように説明している。
本文用明朝体は明治のはじめに宣教師らによって中国の明朝体活字と近代活版印刷術が日本に伝えられて以来、およそ150年もの間、印刷における新聞、文学、研究書など、あらゆる印刷物において、使用書体としては中心的な役割を果たしてきたし、今でもそうなっている。近代から現代に生きている人たちは、その明朝体を見て育ったと言ってもいいと思う。(183ページ)
中国から渡ってきたのは漢字だけだから、日本語を印刷するためには仮名を揃えねばならない。明朝体にマッチするさまざまな仮名活字が創作された。日本で出版されている本で明朝体の歴史を調べると、ほとんどが日本に金属活字がもたらされて以降の、仮名の作成の歴史になっている。日本にとって明朝体漢字は「すでにあったもの」なので、しかたのないことだろう。だが、石川が疑問を持った「心」の字形や、私が関心を持った「しんにょうの点」の扱いなどについて知りたいと思えば、日本に渡来する前の歴史を調べねばならない。だが一般的に言って、文字デザインに関わる人は、漢字の字形に対する関心がそれほど強くない。
鳥海が「本当の意味で納得のいく明朝体(184ページ)」と述べたのも仮名フォントである。
キャップスは、DTP・組版を中心に出版にかかわる事業をとり行う会社で、その仮名書体は四つのテーマを与えられて、四種類の仮名書体を作った。四つのテーマは、近代文学向け、女性文学向け、外国(翻訳)文学向け、プロレタリア文学向けの四書体だ。(184ページから185ページ)
仮名書体の字形は手書きの字形であるから「そのルーツは平安の仮名にあると考えられる(195ページ)」。そして、仮名の「長い歴史が日本人のDNAに組み込まれ、好きな形、読みやすい形に対してある程度の共通認識を生じさせている」というのが彼の経験から生まれた持論だ。何人かの人に複数の書体を提示し、良いと思う書体を選ばせると、だいたい同じ書体を選ぶという。
そしてその共通認識は、「の」は丸く、「へ」は横長で、「り」は縦長というように、文字には固有の形があることを知り、そうした概念が私たち日本人のDNAに組み込まれているのではないかと思う。(196ページ)
本文書体として明朝体が読みやすい理由を、鳥海は次のように考えている。
私の考えではカテゴリー別にそれぞれが違ったデザインになっているところに秘密があるように思える。たとえば漢字は漢語であり、平仮名は和語、カタカナは外来語、アルファベットは外国語の原典を示すものというように、言葉の役割と文字の役割がはっきりとリンクしているのが明朝体なのであり、つまり、違いを明確に表していることが読みやすさに繋がっているものと考える。(197ページから198ページ)
おそらくこれは正しい推論だろう。日本語は、単語の間をスペースで区切る欧米の言語と違って、分かち書きしない。そこで漢字が区切りを示すよい指標になる。明朝体は漢字と仮名の区別がはっきりしている。日本語明朝体には100年以上にわたって本文書体として改良を積み重ねてきた歴史がある。その歴史の中で今のような形に落ち着いてきたのだろう。
コメント