認知行動療法(CBT)は自動思考(ある特定の状況で浮かぶ決まった考え)やスキーム(自分や社会のあり方に対する信念)の修正を試みるが、なぜその自動思考やスキームが成立したのかを直接知ろうとはしないし、そこに踏み込もうともしない。その点がオートノミートレーニング(AT)と大きく異なるところだろう。ATではむしろその自動思考を生むきっかけとなった出来事に注目する。多くは幼少期の親との交流の中にきっかけが潜んでいる。きっかけの出来事が見つかれば、その出来事によりスキームや自動思考が生まれていることを自覚させ、出来事を客観視することでスキームや自動思考を修正させる。

たとえば、上司の過度な要求に応えようとして疲弊してしまう人の場合、そのような生き方が、幼少期に厳しい親から大きな期待をかけられそれに応えなければならないと務めてきたことから習慣化したものだとわかれば、「親の期待に沿えないこともある(たとえば体を壊してしまうので)」と考えを改めるトレーニングを考案する。

この例をCBTに当てはめれば、CBTでは上司の過度の要求に応えることで褒められたり頼られたりして、その行動が強化されてきた経過に注目する。過度の要求に応えることの得失、要求に応えなかった場合に予想されることなどを評価し、無理な要求に応えて体を壊したりうつ状態になったりする損失のほうが大きいことを確認させるのだ。患者がそれを確認できれば、理性の力でその行動を修正する計画を立てる。

両者の姿勢が根本的に異なることがわかる。どちらも、介入が成功するためには相談者(患者)が自分を変えたいと思っていることが必要である。ただし、CBTでは何回も面接を繰り返し、その間に宿題をすることが必須であるため、相談者に強いモチベーションが必要だが、ATでは面接が1回から多くても3回であることもあって、面接中開始時のモチベーションはそれほど高くなくても成功することがある。

また、ATが主に疾患のない人を対象とするのに対し、CBTはうつ病、統合失調症、恐怖症、強迫症などの疾患を持った人も対象とすることができる。ATの原理が、スキームを生み出すに至った体験を探り当ててその影響を取り除こうとするものであるため、疾患という、体験によって引き起こされるものではないものは対象にできないのだろう。