オンブズマン東京が作成した報告書は1件しか掲載がない。次のような事例紹介文がある。

申立人は乳がんに対する乳房部分切除を受け、その際、同時に欠損部に乳房外側の脂肪を充填する処置がなされたところ、術後に手術部位ではない背中に強い痛みが生じた。申立人は、自分に無断で広背筋皮弁を用いた同時乳房再建術が行われたのではないかと強い不信感を抱き、苦情調査申立に至った。(223ページ)

広背筋皮弁を用いた再建術がおこなわれたかどうかは、手術創を見ればわかる。それなのに患者がそのような疑いを持つようになったというのなら、患者と医療者の間のコミュニケーションがまったく欠如していたか、あるいは患者に強い不信があったかのどちらかだろう。

患者は術後、手術部位から少し離れた背中に強い痛みを感じるようになった。病院側は「申立人の現在の痛みは医学的には説明ができないものであると考えている(227ページ)」としている。それに対し、オンブズマンは独自に医学的検討をおこなっている。

例えば、乳癌の手術後にPost Mastctomy Pain Syndromes(以下、「PMPS」という)という神経障害性の痛みが生じることがある。厚生労働省の研究班による2004年のアンケート調査によれば、再発のない976人(手術後平均8.8年)のうち21%がPMPSと思われる慢性的な痛みを抱えていると報告されている。(237ページ)

なお、註によればPMPSとは「乳房の腫瘍摘出術から根治的乳房切除術にわたるいろいろな手術を受けた後に腋窩の後方、胸壁の前部に起こることがある痛みであり、肋間上腕神経の損傷を原因とするものであるとされている(240ページ)」ものだ。

私は、患者の疼痛は、神経の損傷をきっかけにして起こった身体表現性障害ではないかと考えている。メカニズムがよくわかっていないので、疼痛と外傷(手術)との関連を通常の医学的知識で説明することは難しい。そこで医師たちは「申立人の現在の痛みは医学的に説明が困難である(238ページ)」と述べることになるのだろう。だが、整形外科領域や精神科領域では比較的よく知られている病態ではないだろうか。医師たちに慢性疼痛に対する知識が不足していたために、患者の訴えをじゅうぶん汲み取ることができず、患者の不信を呼び、そのために患者が事実と異なる疑いを持つに至ったのだろうと思う。

だが、私も彼らを責めることはできない。私が身体表現性障害患者を経験することで疾患について知ったのは比較的最近のことだからだ。私が経験した患者は、腰椎穿刺後に発症した両側大腿前面の強い接触痛を訴えていた。着るものにも困る状態だった。痛みは両側で、穿刺後しばらくしてから出現し、2、3か月後に強まったので、脊髄の損傷からは説明できない。だが、身体表現性障害と考えられるので「医学的に説明が困難」なわけではない。この患者は幸い3年ほど苦しんだ後に自然軽快した。この事案の申立人の疼痛も時が経って消失することを祈りたい。