シンポジウム後には定期総会が開催され、数人の「被害者」や支援者が事件や経過を報告している。その中で「林田医療裁判」の報告が気になったので、書いておきたい。

これは、入院中に他界した実母の亡くなり方の是非をめぐって、娘が「医療と親族とを相手に裁判」を起こしたものだ。

林田さんのきょうだいが、親の介護をしたくないという理由で、医師に「母は高齢だから医療を施さないでほしい」と強く進言しました。あろうことか、医師はそのとんでもない申し入れを是認し、呼吸もできずに苦しむ患者をネグレクトしてしまいました。酸素吸入程度の基本的な医療も施されなかった患者は、回復する可能性さえ与えられず、無念にも死に追いやられたのです。(68ページ)

最高裁まで争ったが棄却され、再審請求をおこなっているとのことだ。上の引用は支援者の北穂さゆり(ノンフィクションライター)の発言からのものだが、林田悦子本人の状況報告もある。

彼らの訴えが事実であるとすれば、家庭内で起これば保護責任者遺棄致死に該当する犯罪だろうし、病院内であれば不作為による殺人だと言える行為だ。このような事案まで「医療事故」と言うことに違和感を感じる。勝村は、自身が経験した陣痛促進剤死亡事案は医療事故ではなく「犯罪だ」とする李啓充の手紙を紹介していたが、林田事案はまさに犯罪であり、兄と担当医師を殺人罪で告発すべきような事案ではないかと思う。

たしかに患者に対して治療をおこなうべきかどうか迷う症例はある。先日経験した症例は精神発達遅滞のある男性だった。重症の糖尿病があるが、食べ物を我慢することができないため、コントロールが非常に悪い。足に感染症を起こし、それが悪化して敗血症を起こした。治療としては下肢の切断が第一選択だが、切断すればその状況に適応できずリハビリもできないだろうと予想された。環境に順応することができず、入院の継続も困難である。リハビリをあきらめ早期に退院するしかないが、そうなると寝たきりになってしまう。

両親は高齢で、もし患者が寝たきりになれば、自宅での介護は一家共倒れの危険性がある。患者は自宅以外の環境に適応することができないので、施設入所は考えられない。そこで臨床倫理コンサルテーションチームに相談があった。

チームは関係者にヒアリングをおこない、家族が患者を大切に思い、また主治医も非常に熱心に患者の治療に当たっていることを確認した上で、下肢切断をおこなわず、抗生剤での濃厚治療をおこなう(患者は点滴を受けるだけでも非常な困難があった)という治療方針をやむを得ないものと判断した。

だが、この場合は患者を大切に思う関係者のジレンマである。林田事案とは天と地の開きがある。