ウェブマガジン「JBpress」で2018年6月1日に配信された遠藤希之「新専門医制度に新たな疑惑、データ改竄か」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53219)について書きたい。遠藤は仙台厚生病院の医学教育支援室室長であり、日本専門医機構に対して批判的な発言が多い。なお、この記事は医療ガバナンス学会のメールマガジン「MRIC」にVol.116(http://medg.jp/mt/?p=8355)として転載されている。

遠藤によれば5月末から「日本専門医機構(以下、機構)の内部資料が流出し続けている。ネット上でも広がっている「速記録」をご存知の読者も多いだろう」とのことだが、私は知らない。いろいろとしなければならない仕事があり、そのようなものを検索している時間がないというのが本音だ。くだらない問題だと考えているわけではない。逆に非常に深刻な事態だと考えている。少し説明しておきたい。

私は総合診療専門医養成コースの指導医を養成・認定するために2016年に開催された「総合診療特任指導医養成ワークショップ」にかかわっていた。そのため、機構の上層部に非常に熱心で信頼の置ける人がいる一方で、野心や自己利益のためのみに動いている人がいることを知っている。その後機構では理事の入れ替えがあったが、一部幹部のいい加減さは肌で感じている、内部の混乱についても承知している。

専門医制度の構築について、機構が作業を実質的に各学会に丸投げしていることには腹立たしさを覚えていた。また最近は医師の地域偏在を懸念する声に対して機構が出してきたデータがいかにも言い訳くさいことが気になっていた。機構の発表する文書を医学論文になぞらえてみれば、元資料も論理もあやふやで、とても査読を通るとは思えないようなものだ。そのような文書を仮にも医師という職業についている、知的レベルも倫理観も高いものを要求される人びとが発していることに、強い違和感を感じていた。私の周囲には医学生や初期臨床研修医がたくさんおり、機構の機能不全は他人事ではない。

遠藤は「新専門医制度」反対派として有名であるからか、彼の元に「その速記録とともに他の「複数の資料」が送られてきた」という。彼は「そこには世に出ていない多数の真実と疑惑が満載であった」として、記事でその資料を引用している。だが、その資料の真正性が担保されていないのは明らかだろう。私は、状況証拠からいって、その資料は真正なものであると思う。だが、「科学者」の端くれであるなら、まったく別の情報源からの資料と付き合わせて、食い違いがないかどうか確かめねばならない。
その2週間後の2018年6月14日に同じ「JBpress」で上昌広「内部資料流出で追いつめられる日本専門医機構 — 機構設立の目的と正反対に東京への一極集中が加速、崩壊する地方の医療」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53314)が配信された。上は医療ガバナンス学会の関係者なので、遠藤と別の情報源とは言えないだろう。上は次のように書いている。

知人の日本専門医機構関係者に資料を見せたところ、「それは本物でしょう」と言われた。どうやら、大変な事が起こっているらしい。

膨大な「ニセ資料」を現実との整合性を保ちつつ一貫性をもって作成することは非常に困難である。おそらく遠藤・上の資料は本物なのだろう。
ではなぜ私はネット上の資料を探して、実際に内容を確かめ、資料の真正性を検討しないのか。それはそうするまでもなく機構が腐敗していると感じているからだ。私にとって、歪んだ新専門医制度に対処する正しい情報を周囲の学生や初期臨床研修医に伝えたり、将来の医療予測をおこなったりすることは重要なことだ。だが、機構の機能不全や不正を追求することには意欲がわかない。私が機構や厚生労働省に対して影響力を持っていないことが最大の理由だ。だが、ダメなものはダメ、悪いものは悪いとはっきり言っておくことはしたい。機構がダメなことは歴史が証明してくれるだろう。