さらにダマシオの説を紹介する。

もうひとつダマシオが提唱するのが、「仮想身体ループ」だ。これは大まかにいえば、脳が身体の状態をシミュレートする能力ということだが、なぜ脳はそんなことをしたがるのだろう? 予測される状態をシミュレートしておけば、身体の生理的状態をすばやく制御できて、エネルギーが節約できる。脳は効率も威力も上がるのだ。脳が運動指令の遠心性コピーをつくって結果を予測し、準備するという考えかたに似ていなくもない。(173ページ)

まるでダマシオの想像のように書いているが、これは知られている事実ではないのか。人の脳は、人が意図的に身体を動かそうとする前に(動作が意識にのぼる前にすでに)その動作を準備している。正確に言えば、人が意識して動作をしようと「思う」のは、実際の動作の準備が脳内でおこなわれた後なのだ(ベンジャミン・リベットの1980年代の実験で、動作の準備が脳波により確認されるのが1秒前、動かそうと思うのが200ミリ秒前と観測されている)。そして動作命令のコピーは脳内の別の場所(後部頭頂葉)に送られ、実際の運動と比較される。これは脳科学で明らかになっている事実だ。

さらに確率予測をともなうフィードバックループもある。

脳は、感覚刺激の考えられる原因について事前信念を持っており、それにもとづいて最も可能性の高いものを計算する。最後まで勝ちのこった予測が知覚として立ちあがってくるわけだ。これが一度きりではなく、えんえんと繰りかえされる。脳は身体と世界の内部モデルを使って、入ってきそうな感覚刺激を予測する。それが実際の刺激と違っていれば「予測エラー」となり、脳は事前信念の内容を更新することで、次に同じ刺激が来たときに正確に予測できる(知覚できる)ようにする。(190ページ)

これによれば、客観的なもとの考えられがちな知覚でさえフィードバックと学習に支えられている。

感情にも認知的要素が関連していることがわかった。被験者に(架空の)薬を注射されたと思い込ませる実験から、次のようなことがわかったのだ。

感情(怒りや幸福感)は、身体の生理学的状態だけではなく、認知コンテクストにも左右されている。被験者は認知コンテクストを頼りに、身体の情動的状態を「評価」していた。注射が引きおこす生理的変化の認知的解釈は、サクラのふるまいや、副作用の説明に影響されつつ、被験者が最終的に感じたり、経験したりする内容に関わっていく。(186ページ)

離人症の患者では情動が抑えこまれるのに、落ち込んだりパニックになったりはする。離人症では身体の内部モデルに誤りがあったり、比較をおこなう神経回路に不具合が生じたりして予測や評価が障害され、知覚や感情が障害されるのではないかという仮説が挙げられている。非常に興味深いと感じた。