著者らの研究成果は、目新しい発見があるというより、人びとの行動を説明し推測する良い理論的枠組みを構築できたというものである。だが、この本に示されている数かずの実験結果には、あらためて考えさせられるものもある。

たとえば第9章「ダイエットの行動健康経済学」では、肥満の人にダイエットプログラムを提供して効果を見る実験が紹介されている。

[実験は]「京元気クラブ」という組織の会員を募集し、その会員に向けて行った「元気やせようプログラム」に基づいている。対象は、「BMI(Body Mass Index, 体重(kg) / 身長(m)2)が25以上、またはウエスト周囲径男性85cm、女性90cm以上、ないし20歳時本人基準体重より10%以上の増加のあった健康な対象者」であり、肥満を改善するための、行動変容介入法(電話などによる行動変容の支援)を6カ月間行い、心理社会学的要因、経済学的要因との関連を調査した。(116ページ、注を一部省略)

健康な人を対象としたので、高血圧の人は参加できなかったのだそうだ。肥満者には高血圧が多い。除外されてしまった参加希望者の多くから「なぜ高血圧のものが参加できないのか」との苦情があったという。肥満と血圧の関係を見る調査ではなく、肥満者の経済学的行動特性を調べる研究だったからしかたがないのだが、苦情は当然だろう。

研究の結果、ダイエットが成功するためには自分の努力が肯定的に評価されることが重要であることが確認された。また、BMIと楽観性(この本の言葉では危険回避度)に有意な関連があったという。著者らは「粗っぽい言い方をすれば、肥満の人には、人生に対して相対的に楽観的な人々が多いということである(120ページ)」としているが、これはまさに私たちの実感に即したことだろう。映画でも漫画でも、太った人に割り当てられる典型的な性格が「楽観的な人」である。太っていて神経質な人は出てこない。神経質な人といえば痩せた人である。そのようなことが実験で示されたということだろうか。

159ページに紹介されている最後通牒ゲームと独裁者ゲームも面白い。最後通牒ゲームは、PRの2名に対し「PRの了解があれば10万円もらえる。Pはそのうち何円かRに与えることを提案し、Rの了解を取り付ける」というものだ。RがいくらもらえればPの受領を受け入れるかということをテーマとして考えれば、理論的にはRは1円でももらえれば得をすることになる。ところがPは「1円あげるから」とは決して提案しない。

この最後通牒ゲームに対しては、かなり驚くべき結論が知られている。
  1. 60%から80%の申し出は、持分の0.4から0.5の比率の範囲である。
  2. Pから0.2以下の比率の譲渡はほとんどない。
  3. Rは低い比率の譲渡はしばしば拒否し、0.2以下の比率の譲渡は過半拒否される。
(159ページ)

しかし、だからといって人間が他利的だということにはならない。RPの申し出を断れない「独裁者ゲーム」では「Pの申し出の比率は大幅に下がり、平均して0.2程度となる(159ページ)」からである。さらに、Pをコンピュータにすると、Rの受諾率は大幅に向上する。

Rが憤りを感じているのは、結果としての不平等ではなくて、結果の不平等を引き起こす意図にあるようである。(160ページ)

つまり、私たちの利他的行動は利己的行動と真の利他的行動が混じったものであるらしい。また、その利己性、他利性は相手の意図(本当かどうかはわからないが自分が感じた、あるいは推測した意図)によって影響をうけるということだ。相手が不当に利益を得ようとすれば、人間はそれを意識的に排除しようとする。