日本老年医学会は2012年に「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン — 人工的水分・栄養補給の導入を中心として」(http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/jgs_ahn_gl_2012.pdf)を発表している。このガイドラインの特徴は、ガイドライン作成ワーキンググループの4人中2人が倫理学者だということだろう。具体的には清水哲郎が責任者を務め、メンバーとして会田薫子が参加している。医療のガイドラインを倫理学者が中心となって作成したのは、現在のところこのガイドラインが唯一である。

このガイドラインは方針を提示するものではなく、医療者が個別の症例について自ら考えていく上での「道案内」であることを明確に述べている。さらに「本ガイドラインの性格と構成」では次のように述べる。

AHN[引用者注:人工的水分・栄養補給法のこと。自分で水分や食物を摂取できない患者に対する、胃瘻、点滴などすべての水分や栄養の投与法を含む]導入に関するガイドラインとしては、医学的妥当性を確保するためのものも考えられるが、ここで提示するのはそういう性格のものではなく、倫理的妥当性を確保するためのものである。そして、倫理的妥当性は、関係者が適切な意思決定プロセスをたどることによって確保される。加えて、適切な意思決定プロセスを経て決定・選択されたことについては、法的にも責を問われるべきではない。

経口摂取ができなくなった患者に、AHNを行なうことにも行なわないことにも倫理的ジレンマが生じる。倫理学者を中心に据えたのは画期的なことであったが、まさに的確な人選だったと言えるだろう。

このガイドラインは倫理学者が作成したものらしい、患者に寄り添う柔らかいものとなっている。最初に掲げられている方針は次のようなものである。

医療・介護・福祉従事者は、患者本人およびその家族や代理人とのコミュニケーションを通して、皆が共に納得できる合意形成とそれに基づく選択・決定を目指す。

まず、関わる人びとのコミュニケーションがあり、合意の形成がある。コミュニケーションの重要性を強調する項目として次のような項目がある。

1.5 本人の表明された意思ないし意思の推定のみに依拠する決定は危険である。そこで、これと本人にとっての最善についての判断との双方で、決定を支えるようにする。また、あくまでも本人にとっての最善を核としつつ、これに加えて、家族の負担や本人に対する思いなども考慮に入れる。

本人の意思表明だけでは決定に至らない。これはAHNが緊急に必要とされる事態があまりなく、決定まで時間的余裕があることが普通だからだろう。コミュニケーションにより、本人の隠された意図が明らかになったり、死後に残されることになる家族のトラウマが減少することが期待されているのだろう。

全体を通読すると、いろいろ考えさせてくれるなかなか「味わい深い」ガイドラインである。