(承前)
次の文に進もう。
しかしそれにくわえて、彼は(不可能性定理だけでなく、アローと彼の追随者たちが用いている枠組み全体という意味での)「アローの分析には、社会的順序によって示唆されるような結果をもたらすという観点から社会的あるいは集団的合理性」を理解しようとする誤った観念から生ずる根深い「混乱がつきまとっている」と論じている。(269ページ、第III部第8章)
この文でも主語「彼は」と述語「論じている」が泣き別れになっている。読者はこの長い文の文末まで結論を知ることができない。また、カギカッコ内の「社会的順序によって」から始まる句は、カギカッコの終わりを超え、次のカギカッコの先頭の「混乱」まで続く長い句だ。「社会的順序によって示唆されるような結果をもたらすという観点から社会的あるいは集団的合理性を理解しようとする誤った観念」という言葉もよくわからないが、カギカッコのつけ方が悪いのでさらにわからない文になっている。原文は次のようだ。
But in addition, he was arguing that there was a deep "confusion surrounding the Arrow analysis" (not just the impossibility theorem but the entire framework used by Arrow and his followers) which ensued from the mistaken idea of "social or collective rationality in terms of producing results indicated by a social ordering" (p. 263)
訳者は「アローの分析を取り巻く混乱」を「混乱がつきまとっている」と訳してしまったために、カギカッコがおかしくなってしまった。原文の引用符は原著からの引用であることを示すものだが、邦訳書からの引用ではないため、日本語でカギカッコでくくっても、引用されている原著から該当箇所を探すことは不可能だ。カギカッコはなくてもよい。わかりにくかった長い句は in terms of の訳の問題だ。term は「言葉」と訳されることが多いが、概念のまとまりや単位を表す語だ。だから in terms of の訳には「〜に換算して」という訳もある。この句は後で「誤った観念」だとされる。誤っている文を正しく訳すというのも変だが、この文はアローを批判する人たちの論点を要約したものだから、本来なら批判の論文を読まなければ正しくは理解できない。だが、ここではそこまで踏み込まない。次に試訳を挙げる。
しかしそれに加え、彼は次のように論じた。アローの(不可能性定理だけでなく、アローと彼に従う者たちが用いている枠組み全体の)分析を取り巻く根深い混乱があり、その混乱は「社会的順序で示されるような結果を生み出すことで社会的合理性や集団的合理性を説明する」という間違った考えに根ざしている、と。
「混乱」「合理性」という単語を繰り返すことで曖昧さを避けた。だが自分の試訳を読んでもまだわかりにくい。結局アローを批判する人たちの論点が理解できていないので、そこのところがわからないのだろう。翻訳文のわからなさは、原文の難しさ60%、翻訳文の悪さ40%といったところか。
(この項まだまだつづく)