阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2020年05月

アトゥール・ガワンデ『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? — 重大な局面で“正しい決断”をする方法』(晋遊舎)を読了した。ガワンデは、以前このブログでも取り上げた『死すべき定め』(原題『Being Mortal』)の著者で、内分泌外科医である。

ガワンデの本は面白い。その理由のひとつに彼が挙げるエピソードの面白さがある。この本に挙げられているエピソードもどれも面白い。またそれを小説の一シーンであるかのように、細部まで含めて描写している。面白さにつられて読んでいくのだが、よく考えると主題とは関係が薄いように思えるエピソードもある。ところが最後ではきちんと主題と関連づけ、話がまとまる。

この本は、題名が示すとおり、チェックリストの有効性について述べた本だ。したがって、チェックリストを使わなかった場合の失敗談が出てくる。医療の領域で、これだけ失敗談を書けるというのも、たいしたものだと思う。もちろん「書ける失敗談」であるから、患者に掲載許可を求めることができるものや、公開したことで訴えられたりしないものばかりだ。そのような「手頃な」失敗談をたくさん抱えているところがすごい。

安全に関しては航空業界が一歩も二歩も先を歩んでいる。医療業界は航空業界から安全を保つためのシステムを取り入れることが多い。ガワンデが引用するエピソードも航空業界のものがとりわけ面白い。引用して紹介したい。

2008年1月17日、152名の乗客を乗せたブリティッシュ・エアウェイズ38便は、北京を出発し、ロンドンを目指して飛んでいた。機は11時間ほど飛び、ロンドン・ヒースロー空港に向けて降下し始めていた。時刻は正午を少し回っていた。雲はあまりなく、視程は10キロメートル以上。風も弱く、冬なのに気温は10度で温暖だった。そこまでのフライトは順調そのものだった。
だが、空港から3.2キロメートル手前、住宅街の220メートル上空に差し掛かった時だった。[後略](149ページ)

一見不必要にも思えるようなディテールが書き込まれ、リアリティを増すとともに、読者の頭の中でそのときの情景を再現することが助けられている。原文ではおそらく距離はマイルやフィートで書かれているのだろうが、それを適宜メートル法に直しているなど、翻訳者の技量も文章の読みやすさに貢献しているのだろう。

もうひとつ、旅客機がハドソン川に不時着した有名な事件の記述だ。

離陸から90秒後、上昇中のUSエアウェイズ1549便は高度3000フィート(910メートル)で雁の群れと交錯した。飛行機の前にあまりに突然現れたので、サレンバーガー機長は思わず身をかがめてしまったそうだ。鳥たちは操縦室の窓やエンジンに当たり、コクピット内のボイスレコーダーにも残るほど大きな音を立てた。(204ページ)

人は、物語に関心を示し、物語として語られたことは記憶に残りやすいという。プレゼンテーションの講座などでも、物語(実例)を示して話を始めるように勧められる。ガワンデはそれを巧みに実践していると言える。

私はアフリカ大陸の諸語について知る機会がなかったが、この本を読んで、アフリカ大陸の言語が言語学的に見て非常に興味深いものであることを知った。

現在、広く世界中で使われているインド・ヨーロッパ語族は、セム語グループに属している。このグループにはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教を誕生させた言語であるアラム語、ヘブライ語、アラビア語が含まれている。だから、古い文献も、セム語グループの言語で書かれていることが多く、まるで私たちの過去にはセム語グループの言語しかなかったような錯覚に陥ることがある。だが、もちろんそれは間違った感覚である。

言語学者ジョゼフ・グリーンバーグの分類によれば、セム語族は、アフロ=アジア語ファミリーを構成する6つを超える語族の一つにすぎない。しかも、セム語族以外の語族(つまり222の現存言語)の分布が見られるのはアフリカ大陸だけである。セム語族に属する諸語の分布範囲も、主としてアフリカに限定されている(19ある現存言語のうち、12がエチオピアだけに分布している)。これらの事実は、アフロ=アジア語がアフリカ大陸を起源としていること、および、アフロ=アジア語ファミリーの一つの語族だけがアフリカ大陸から近東へ拡散したことを示唆している。つまり、西洋文明の精神的な支えである新・旧約聖書やコーランを著した人びとの言語は、アフリカ大陸で誕生した可能性がある。(下326ページ)

人類発祥の地はアフリカだろうと言われているので、これは驚くにはあたらないことだろう。だが、アフリカ諸語を比較研究すれば、言語の祖形についてのヒントが得られるかもしれないことがわかった。

さらにアフリカ大陸の人種と言語の分布を比較すると、分布がよく一致していることがわかる。つまり言語は人種と密接に結びついている。しかしピグミー族だけは自分の言語を持っていない。

ピグミー族は複数の小集団となって他部族の中で暮らし、「それぞれの小集団が近隣の黒人農民と同じ言語を話している(下328ページ)」という。

ピグミー族は、赤道地帯の熱帯雨林のような特殊な環境で孤立した暮らしをしていたことがたしかなので、独自の言語を持っていたと考えられる。しかし、その言語はすでに姿を消している。(下328ページ)

おそらく小集団に別れ、他の民族と交流しながら暮らすうちに、自分たちの言語を失ったのだろうと著者は考えている。だが、ピグミー族が周囲の黒人農耕民と同じ言葉を話すといっても「この二つの人種が話している言語は、発音面で異なっていて、ピグミー族の側には、黒人農耕民の側にない独特の発音があるように見受けられる(下328ページ)」とのことだ。

このようなことは世界各地で起こっており、マレー半島やフィリピンでも見られたという。アフリカでは、ピグミー族の他に、コイサン族にもタンザニアの二つの地域で孤立的に分布している集団がある。

コイサン諸語には、「吸打クリック音」と呼ばれる子音がある(舌打ちするときの音に似ているので「舌打ち音」と称されることもある。言語学では、たとえば「!Kung Bush-man」のように感嘆符「!」を発音記号に使ってクリックを表す)。そして、アフリカ南部に分布している諸語も、そこから北に1000マイル(約1600キロ)以上も離れたタンザニアに例外的に分布しているハツァ語やサンダウェ語もこのクリック音を持っている。(下329ページ)

このクリック音はアフリカのあちこちの言語でも聞かれる。そこから著者は「コイサン族の人びともまた、ピグミー族と同じように、別の言語を話す黒人によってまわりを取り囲まれてしまい、わずかに残された言語的痕跡だけが彼らがかつて広範に分布していたことを示唆している(下329ページから330ページ)」と結論している。

ヨーロッパの言語では、口蓋垂を震わせて発音する「のどひこのr」が言語を超えて広がったことが知られている。「のどひこのr」の分布は言語の分布と一致せず、独自の分布を示す。言語学は文字に頼った研究が主体だが、発音の研究をすればもっと深い知見が得られるのだろう。

野生種の植物は、種の発芽時期もばらばらなことが多い。

[すべての種子を同じタイミングで発芽させると]発芽した自分の子孫が干魃や結霜でやられてしまい、種の存続があやぶまれるからである。そのため、彼らの多くは発芽抑制メカニズムを発達させ、いかなる天候異変が発生しても生き延びられるようにリスクを分散させている。1年生植物の場合、この発芽抑制メカニズムによって、翌年いっせいに発芽するのではなく、何年かにわたって順ぐりに発芽させる。(上217ページから218ページ)

自然の仕組みはとてもよくできている。だが植物は栽培化されることによっていっせいに発芽するようになっていく。植物が人間に合わせて進化したとも言えるし、植物と農業が共進化したとも言えるだろう。

ずっと後になって栽培化された植物にリンゴ、ナシ、スモモ、サクランボなどがある。これらの植物を栽培化するのが難しかったのは挿し木で育てることができなかったからだそうだ。種を蒔いても特性にばらつきがあるものしか生えてこず、安定した作物にはならない。これらの植物の栽培化を可能にしたのは接ぎ木の技術だ。

接ぎ木は農耕時代に入ってかなりの時間を経てから中国で編みだされた技術であるが、非常にむずかしいだけでなく、原理自体も意図的に実験を繰り返すことで初めてそれが発見できるというたぐいのものであった。(上226ページ)

中国はこのように時間をかけて実験を重ね、新規の技術を開発したり知見を得たりすることが昔から得意だ。漢方も、鍼も、長年の実験の上に成り立ったものだ。おまけに実験そのものに結果が出るまで何年もかかるようなものが多い。

ただ、野生種を栽培化しても、それがじゅうぶんな役に立つとはかぎらない。たとえばニューギニア高地で栽培されているタロイモやサツマイモは住民の主食であるが、タンパク質をあまり含まない。

たとえば、タロイモのタンパク質含有量は白米のそれより低く、わずか1パーセントである。これは肥沃三日月地帯で栽培されていた小麦やマメ類に遠くおよばない(小麦のタンパク質含有量は8パーセントから14パーセント、マメ類は20パーセントから25パーセントである)。(上273ページ)

ニューギニア高地で暮らす子どもたちは腹部が膨らんでいるが、これはタンパク質が少ない食事を摂取している人びとに特徴的なのだという。

ニューギニア人は老人も若者も、ネズミやクモやカエルといった、大きな家畜類や野生動物の入手可能な地域の住民が見向きもしない小動物を日常的に口にする。(上273ページ)

長野県で昆虫を食べるのも、そのようなタンパク不足が背景にあると聞いたことがある。また、著者はニューギニア高地で伝統的におこなわれている人肉を食べる風習が、「タンパク質不足に原因があったと思われる」としているが、非常に興味深い。

栽培化も家畜化同様、さまざまな要素が絡み合って実現される。成長の遅い植物は栽培の対象になりにくいし、移植が困難な植物や、種からの発芽が難しい植物は栽培化が難しい。ある種の植物は、果実が食べられて種が糞とともに排出されることではじめて発芽する。

栽培化できた植物とできなかった植物の違いとしては、アーモンドとドングリの対比が面白かった。

野生種のアーモンドの種子のほとんどは非常に苦い物質を含んでいるという。

アミグダリンと呼ばれるこの物質は[中略]、シアン系毒物に分解する性質がある。アーモンドの実の苦みは、まさに毒であることを警告しており、愚かにもそれを無視して口にしたものには死の危険が待っている。(212ページ)

だが、野生のアーモンドにはときどき突然変異でアミグダリンを生産しない株ができることがある。好奇心の強い人間がたまたまそのような株を見つけ、栽培化したのだと考えられている。

ちなみに、毒が苦いのは、ヒトが毒を苦く感じるように進化したのだとも考えられる。甘い果実に有毒なものはない。食べ物が傷んでいるかどうかは、味と臭いでわかる。ヒトが自分の体を守るように知覚を進化させてきたのだと説明することができる。もちろん植物がヒトの嫌がる物質を産生するように進化したという見方もできる。

ヨーロッパの農民は、同じようにドングリを食べてみることで、苦くないドングリを実らせるオーク(ヨーロッパナラ)を見つけたという(213ページ)。だがドングリは栽培化されていない。

[苦くないドングリができない理由は]栽培化されたアーモンドとちがって、ドングリの苦味は、ひとつの遺伝子ではなく、複数の遺伝子によってコントロールされていることである。アーモンドの場合は、苦味のない突然変異体の種子を植えれば、遺伝の法則によって、植えた種子の半分は親木と同様に苦味のない実をみのらせる。ところが、複数の遺伝子によって苦味がコントロールされているオークの場合、遺伝の法則によって、植えた種子のほぼ全部に苦味のある実がみのる。(234ページ)

栽培化によって変わるのは味だけではない。たとえば野生のエンドウは種子をサヤからはじけさせるし、大麦や小麦は実を穂から落とす。だが、栽培化されたエンドウはサヤをはじけさえず、麦も実をつけたままでいる(216ページ)。自然では生き残れない性質だが、人の手によって繁殖することで、かえって野生種よりも個体数を増やすことに成功したのだ。

農耕(食料生産)の発祥についても非常に勉強になった。学校での授業、特に小学校や中学校の授業では物事を単純化し、パターン化したり図式化したりして教える。それは効率的で、意味のあることかもしれないが、後で訂正される機会がないと、私たちはそのままの理解で物事を見続けることになる。

進化論がいい例だろう。授業では系統樹を示され古代の幹から、各動物が枝分かれして伸びていくように説明される。サルの枝からヒトの枝が芽を出す。そのようなイメージで教わると、進化は一方向に進むものだと思ってしまうし、ヒトの祖先はサルだと思ってしまう。もちろん進化は一方向に進むわけではない。そもそも進化に方向はない。環境に適応するというのは一種の方向かもしれないが、環境が変われば別の形の適応が必要になるという、不安定なものだ。また、現存するサルは、ヒトと共通の祖先からやはり進化を遂げたものである。

著者は説明の最初のほうで「まず、人類が食料を生産する方法を発見したとか発明したとかいうのはわれわれの思い込みであって、事実ではない(188ページ)」と注意する。さらに、「移動しながら狩猟採取生活を営む人たちと、定住して食料生産に従事する人たちとははっきりと区別されるものだ、という考え方」も「間違った思い込み」だと指摘する(189ページ)。実際に移動と定住を交互におこなう社会もあれば、定住しつつ狩猟採取を営む社会もある。

パレスチナ、ペルー沿岸、そして日本に居住していた狩猟採取民も、食料を生産するようになったのは、定住生活をはじめてから相当の時間がたってからのことである。(189ページ)

食料採取と食料生産の並存から、食料生産だけに移行していった理由ははっきりしないという。要因のひとつとして著者が挙げるのが、「この1万3000年のあいだに、入手可能な自然資源(とくに動物資源)が徐々に減少し、狩猟採取生活に必要な動植物の確保がしだいにむずかしくなったということ(197ページ)」である。

この動物の絶滅の原因を気候の変化に求める説と、人類による狩猟に求める説があるのは先日紹介したとおりだ。

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