阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2020年01月

ソーシャルメディアを牛耳る米国の実業家たちはいずれも若いが、偶然そのような立場になったと言っていい。面白いと思ったツールを開発したり、自分が便利だと思ったツールを開発したら、それが大ヒットして知らぬ間に今の地位にいた。彼らは、自分たちの開発したものが社会を動かすようになるとは思っていなかったし、まして争いや犯罪のための使われるとは思ってもいなかった。また、それに自分たちが対処しようという覚悟もなかった。そして彼らが当初目指したのは、自分たちに出資してくれた投資家に見返りを渡すことだった。

フェイスブックの上級副社長の一人は、著者らに次のように説明した。

「当社が成長するために行うことはすべて正当化される。不審な連絡先のインポート、友だちが常に検索するのに役立つ巧妙な言葉遣い。コミュニケーション拡大のための施策。いつか中国で行う必要が出てきそうな業務。そのすべてだ。いじめにさらすことで誰かの命が犠牲になるかもしれないし、当社のツールで組織化されたテロ攻撃で死者が出るかもしれない」(349ページ)

彼らの論拠は、「刃物が人殺しに使われるからといって、刃物を作った人間が悪いわけではない。悪いのは刃物を使って悪いことをした人間だ」というものだ。これは銃器製造者が言う決まり文句で、確かに一理はある。だが、この副社長も、自分の家族が犯罪やテロに巻き込まれれば、このように悠長なことは言っていられないだろう。

ソーシャルメディアを少数の私企業が握っており、すべての決定が取締役会という密室で行われているのも問題だと著者らは指摘する(351ページ)。また、エンジニアの考え方も影響しているという。エンジニアは、ただいいものを作ることばかり考えており、それが悪用されることには関心がない。著者らはそれを「専門技術者テクノクラート的で楽観的な世界観」と呼んでいる(351ページ)。

最後に、こうした企業には非常に現実的で根深い文化的対立がつきまとう。これらの政治的にきわめて重要なプラットフォームを構築・維持する人びとのほとんどは、政治にとくに興味があるわけではない。(351ページ)

実際、2016年の米大統領選挙後、シリコンバレーで人気の掲示板「ハッカーニュース」は政治に関する発言を削除すると宣言した。運営者にとって、政治は自分たちが求めているものの対極にあったのだ。

だが、ソーシャルメディアが犯罪や戦争に使われているとい現状を突きつけられ、彼らも知らん顔をしているわけにはいかなくなった。またシリコンバレーには進歩的な人物が多い。彼らはトランプが当選したことにショックを受けたという。それもあって、このままではいけないということを認めざるを得なくなったのだ。だが、ウェブの規制は非常に難しい問題で、まだ答えになるようなものは見つかっていない。

著者らはこの本の執筆に5年をかけたという。文献的調査だけでなく、インターネット上の情報収拾もおこなった。さらにさまざまインタビューや訪問調査もおこなった。

アメリカの国防、外交、情報機関のオフィスや拠点を訪れ、他国に赴き、その国の政府諜報員に会い、ソーシャルメディア企業の色鮮やかなオフィスにも、戦争のテクノロジーを研究している地味な研究室にも足を運んだ。その一方で、インターネットを実験室そのものとして扱った。戦いを経験し、その行き着く先を見極めるためだけに、オンラインの戦闘に飛び込んだ。アプリをダウンロードし、遠く離れた国々のデジタル軍隊にも加わった。荒らしトロールから学ぶと同時に彼らを笑いものにするべく罠を仕掛けた。気づいたときには新たな形で戦いに加わっていて、ほかの国々がこうした新しい兵器を使ってどのようにアメリカに攻撃を仕掛けてきたかを突き止めようとしている捜査当局に助言し、反撃する任務を負った米軍の情報作戦を支援するよう依頼された。冒険を終えることには、アメリカ政府高官からの「友達」申請の標的にさえなっていた。と言っても、彼らは実在せず、ワシントンではなくロシアのサンクトペテルブルクから繰られていたのだが。(37ページ)

この450ページ近い本(原注は別にホームページ上に公開されており、PDFで90ページある)に詰め込まれた情報の質と量が推測できる。驚くのは、彼らが注目すべき人物であるということがロシアの情報網に引っかかり、偽の米高官からの「友達」申請が届いたことだ。たくさん活動すればそれだけ多く足跡を残すことになるのでそこで狙われたのだろうが、ロシアの情報収拾能力がいかに高いかがわかる。

ロシアのサンクトペテルブルクにはロシアの情報操作基地がある。

ロシアの哲学専攻の学生をはじめ何百人もの新しもの好きの若者たちが、日々、インターネット・リサーチ・エージェンシーという当たり障りのない名称の機関や同じたぐいのところにやってくる。同エージェンシーはサンクトペテルブルクのプリモルスキー地区にある不恰好なネオ・スターリニズムのビルを拠点とする機関だ。若者たちは混み合う小部屋で席に着き、「ソックパペット(靴下人形)」と呼ばれる手法で、複数の別人になりすまして仕事に取りかかる。仕事内容は、会話を乗っ取って嘘を広めるべく1日に何百件もソーシャルメディアに書き込みすることで、すべてロシア政府のためだ。(179ページ)

著者たちにアクセスしてきたのもこのソックパペットだ。ただし、ロシア人のソックパペットには訛り(特有な言葉の使い方)があることが多く、慣れればそれを見抜けることもあるという。日本ではどうなのだろうか。私はフェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアから距離を置いているのだが、日本語がうまい人がいる中国や北朝鮮から、日本の選挙への介入などがおこなわれているのだろうか。

ソーシャルメディアは米国のギャングの抗争にも影響を与えている。ネット上の喧嘩が実際の暴力事件の発端となる。

事実、2017年にシカゴで発生したストリートギャング絡みの暴力による死者数は、イラクと、続くシリアでの通算10年間におよぶ紛争における米軍特殊部隊の死者の総数を上回った。その抗争の中心となっているのがソーシャルメディアだ。
「ギャングの抗争のほとんどは、ドラッグの売買や縄張りとは無関係で、どれも個人的な恨みを晴らすことと関係がある」と、シカゴの市会議員[中略]は言う。「ソーシャルメディア上でのののしり合いだ」(25ページから26ページ)

ソーシャルメディア上でばかにされたりからかわれたりした場合、それを放置するのはギャングの面子にかかわるので、罵り返したり脅したりする。お互いに脅しあって、口先だけだとばかにされるので、実力を行使し、相手を殺すのだ。ソーシャルメディア上の戦いはバーチャルなものではなく、現実の世界の闘争の一部なのだ。

ギャングはソーシャルメディアを使って「支部を組織し、全米から新たな仲間を募り、他国のギャングと麻薬や武器の取引を交渉したりもする」という(28ページ)。ギャングの元メンバーは、次のように述べている。

ソーシャルメディアは「顔のない敵」だ、と[言う]。「〝棒きれや石ころなら骨が折れるかもしれないが、言葉で私を傷つけることはできない〟という古いことわざは、もう通用しないだろう。言葉が人びとを死に追いやっている」(28ページ)

国家の対立も同じようにソーシャルメディアに影響される。インドとパキスタンではそれぞれ「フェイスブック義勇軍」が結成され、暴力を扇動しているという(31ページ)。

中国のネットユーザーの間では、中国の力を見くびっているように思える周辺国に対するネット「遠征」が習慣化している。何より、こうしたネット市民は自国政府の対応が弱腰だと思えばことごとく抗議し、武力行使するよう指導者に絶えず強要もする。(31ページ)

国民が強く武力行使を望んだ場合、政府が拒否すれば政府は信用をなくす恐れがある。政変にも繋がりうる。政府が国民を抑えるのは難しいだろう。実際、第一次世界大戦はそのようにして始まったのだ。

ISISがイラク北部の都市モスルを攻撃した際、彼らはソーシャルメディアをきわめて有効に使った。当時、ソーシャルメディアを軍事目的に使うグループは他になかったので、彼らはきわめて効率よく目的を達成した。

[ISISのハッシュタグは]アラビア語のツイッターでトレンド入りし、防衛する側とISISの標的となった都市の住民を含めて無数のユーザーの画面を埋め尽くした。速やかな降伏を求めるISISの要求はかくして、標的の手にしている携帯電話やスマートフォンで再生され、地域にも個人レベルで広がった。(13ページ)

ISISは動画も配信した。その動画には抵抗した人びとを残酷な方法で拷問したり処刑したりする様子が映し出されていた。「猛烈な勢いで広がるメッセージは、恐怖と分裂と背信の種をまくことになった(14ページ)」のだ。

宗教抗争はまだ続いており、イラク軍は訓練不足で、給料の未払いも横行していたという。さらに軍と警察はお互いを信用しておらず、市民はどちらも信用していなかった。

[ISISの先陣が迫る中]もするは恐怖に覆われた。スンニ派、シーア派、周辺のクルド人勢力が互いに疑心暗鬼になった。自分たちが目にしている斬首や処刑の高画質動画は現実のものなのか。同じことがここでも起きるのだろうか。スンニ派の若者たちは、画面に映し出される不屈の黒い群れに触発されて、テロ行為に身を投じ、侵略者の代わりを務めた。(15ページ)

ISISの宣伝に怯え、イラク軍兵士たちは武器も車両も捨てて逃げ出し、警官の大半も後に続いた。モスル市民も50万人近くが街から逃げ出したという。ISISの侵攻部隊は、たった1500人だったが、彼らがモスルに到着したとき、そこにいたのは一握りの兵士と警官だけだったという。

彼らを制圧するのは容易だった。それは戦闘ではなく虐殺であり、その様子は逐一撮影・編集されて、またもやすぐにネット配信された。(16ページ)

ISISの戦闘員は残された武器をすべて手に入れることができ、勝利を祝って派手なパレードをしたのだそうだ。

重要なことは、これらの配信された画像が、世界のどこででも見られたということだ。ISISに反対する者には恐怖を植え付け、同調者する者には参加を呼びかけた。そしてこのような暴力の映像は、見る者の心の中に凶暴性を植え付ける働きがある。世界中がイラク北部で起こっていることから深刻な影響を受けるのだ。

この本の著者のうちシンガーには小説の著作がある。ブルッキングは多くの雑誌に寄稿している。文章を書き慣れている2人が書いたからだろうか、この本は非常に読みやすい。また、各章の終わりはその章のまとめと問題提起となっており、次章でその問題について分析するというふうになっている。各章が連綿とつながっているように書かれているが、このような書き方は日本の本には少ない。

各章の題名もよく考えてあり、興味をそそるように工夫されている。第1章のタイトルは「はじめに」や「序章」ではなく「開戦」だ。

この章の冒頭ではトランプの大統領選勝利が取り扱われている。著者らによれば、ドナルド・トランプ(の会社のスタッフ)が@realDonaldTrumpで初ツイートをした2009年5月4日が開戦の一撃が放たれた日だという。初ツイートは「必見!ドナルド・トランプが〈レイト・ショーウィズ・デイビッド・レターマン〉に出演、トップ10リストを紹介!」というものだったのだそうだ(7ページ)。

当初トランプのツイートはスタッフが(三人称で)書いていたが、その後彼自身が書くようになった。

しかし2011年、何かが変わった。トランプのツイートは5倍に増え、翌年にはさらに5倍に膨れ上がった。一人称のツイートが増え、何より調子が変わった。この@realDonaldTrumpはリアルだった。非常に好戦的になり、しょっちゅうけんかを吹っかけ[中略]そうやって磨き上げた言葉がやがてトランプのツイートの定番になった。[中略]著名な実業家が悩み多きティーンエイジャーみたいにネットのいさかいに突っ込んでいくなど、当時はまだ珍しく、少し見苦しくもあった。だがトランプの「炎上戦争」は最も重要な点で成功した。つまり、注意を引くことだ。(9ページから10ページ、太字は原文では傍点)

その後、トランプのツイートはますます攻撃的になるとともに、政治色を増すようになった。そして、オバマ大統領に狙いを定めると、フェイクニュースまで交えて猛攻撃した。その後の3年間でトランプのツイートは約1万5千回に達したという。1日10回以上のツイートだ。そして、初ツイートから2819日後、トランプは米国第45代大統領に就任する。これが情報戦争の実例となる。

続いてISISの情報戦が取り上げられる。兵士のリクルートから、戦場の生中継まで、ISISはソーシャルメディアを徹底的に利用した。

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