阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2019年08月

今ではさまざまなIT技術が日常生活に無くてはならないものになっている。それだけに、ITインフラに対する攻撃は、大きな脅威となる。特にGPSなどの全球測位衛星システム(GNSS)のセキュリティが脆弱であると指摘する記事が情報サイト「INTERNET Watch」に2019年8月22日に掲載された。記事は片岡義明「偽の電波で“GPSのなりすまし”攻撃、誤誘導される恐れも。黒海沿岸などで頻発、ドローンの撃退が目的か?」(https://internet.watch.impress.co.jp/docs/column/chizu3/1202619.html)である。

GNSSについては米国のGPSが最初だが、ロシアの「GLONASS」、欧州の「Galileo」など、世界各国でさまざまなGNSSを運用しており、最近では中国の「北斗」の急進ぶりが話題になっている(「中国版GPS網 最大に 6割強の国で米国製抜く 「一帯一路」でデータ覇権」2019年8月20日付日本経済新聞、https://www.nikkei.com/article/DGKKZO48714120Z10C19A8MM8000/)。日本は準天頂衛星「みちびき」によるサービスを開始させ、高精度測位の実現を目指している(https://qzss.go.jp)。

GNSSは自動車、船舶、航空機などのナビゲーションや時刻同期など、社会の重要なインフラとして広く活用されている。この記事では、位置情報や衛星測位技術に関する技術開発をおこなっている会社の専門家がインタビューに答えているが、「空港の管制システムについては、2010年以降、韓国のソウル空港や米国のサンディエゴ空港において、GPSが妨害されてトラブルを起こしたという事件が実際に起きています」という。

妨害(ジャミング)だけでなく、偽データの送信(スプーフィング)も可能だと言う。時刻同期が乗っ取られれば間違ったタイムスタンプが残される事態も予想されるし、ドローンの測位が狂えば、間違った場所に着陸したり、建物に衝突したりすることも考えられる。

[ジャミングとスプーフィングという]2種類の攻撃が可能となる背景には、GNSSの信号が極めて脆弱であることが挙げられる。「地上で受信されるGPS信号は非常に低い電力で、よく言われる例えとしては、『2万km離れたところにある100ワットの電球と同じエネルギーを受信するようなもの』と言われています」と佐藤氏[前述の専門家]。極めて信号が弱いため、地上においてGPS信号は極めて他の電波の干渉を受けやすい。

そのような干渉行為はもちろん違法であるが、「20~300ドルという安価な値段でGNSS電波を妨害する“GNSS(GPS)ジャマ-”がインターネットで気軽に購入可能」だという。さらにスプーフィングも容易で、「偽の信号を作り出すソフトウェアはフリーで公開されており、以前は高価な機器が必要だったが、今では5ユーロ(約600円)くらいの部品を使って簡単に作り出すことができる」という。

「黒海沿岸などではスプーフィングの攻撃が頻発しており、ここ2年間で1万件ほどの事例が確認されたそうです。攻撃を受けた結果、GNSSがどのような影響を受けるかというと、現在地から数十キロ離れた空港の位置情報に改ざんされてしまう。なぜ空港かというと、ドローンを誤誘導するためであると言われています。大手のドローン会社が販売しているドローンは、空港周辺に入り込むと自動的にそのエリアから離れて離陸地点に戻ったり、その場に着陸したりするように設定されているので、それを利用して、自国に侵入しようとするドローンを撃退するわけです。」

この記事では対策なども紹介されているが、GNSSへの攻撃は簡単で、しかも日常生活を破綻させる可能性がある。国としての対策が必要だろう。

縄張り争いをしているのは文部科学省と厚生労働省の官僚だけではない。経済産業省の官僚もこの縄張り争いに参戦しているようだ。報道によれば、経済産業省の江崎禎英が『社会は変えられる』という本を国書刊行会から出版した。

この経産官僚が「クビを覚悟で書いた」という本。帯には「数々の不可能を可能にしてきた現役官僚が示す超高齢社会の『処方箋(せん)』」とうたう。これまで厚生労働省の専売特許だった社会保障政策に、ずっと犬猿の仲だった経産省が深く関わり始めていることを端的に物語っている。(朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASM285WJWM28ULFA035.html)

記事の内容を読んでの判断だが、私はこの本を読むつもりがない。私がこれまで批判してきた「生活習慣病は自己責任」論や、医療経済学的に否定されている「疾病予防により医療費が削減可能」などの議論が連ねられているようだからだ。

朝日新聞の記事によれば「医療政策を所管している厚生労働省内には、彼は国士だというと評価とペテン師と受け止められても仕方が無いという見方が交錯しています」(https://www.asahi.com/articles/ASM2C5KCDM2CULFA003.html)とのことだが、彼がいわゆる「とても勉強ができる人」であることは間違い無いので、おそらくはペテン師、良くて策士だろう。彼はこの本を当時の厚生労働大臣に説明して気に入られ、厚生労働省医政局の幹部ポストに併任されたと言う。

彼は、新聞記者とのインタビューで記者から「効果的な予防医療は健康を増進させますが、治療を予防の費用をあわせた総医療費を増加させるというのが、医療経済学の常識です。江崎さんの[中略]主張は、それに反しているのでは?」と訊かれ、「その医療経済学の常識を変えなければいけないと思っています」と応じている。彼は「常識」という言葉をあえて違った意味で使って答えている。予防医療により総医療費が増加するというのは「事実」であり、医療経済学をかじった人ならだれでもそれを知っているから「常識」なのだ。「長男が家を継ぐのが常識」「女性が家事をするのは常識」といった社会常識とは異なる。社会常識は覆すことが可能(あるいは覆すべき)だが、よく知られた事実を覆すことはできない。

彼はさらに次のように続ける。

医療経済学はあくまでこれまでの医療が正しいものであり、それが今後も続くことを前提に議論しています。

要するに彼は医療の提供方法を変えたいと言っているのだろう。「予防プログラムに参加しなかった人は自己負担割合を高くする」などのプログラムを組めば、当然のことながら医療費は削減できるだろう。医療経済学者の二木立が別のインタビューで「かつてナチス・ドイツが「義務としての健康」を国家の公式スローガンにしていたことを思い出しました」(https://www.asahi.com/articles/ASM2L54C9M2LULFA01F.html)と述べているように、健康の強制は優生思想と紙一重の危険極まりない思想だ。

医療ポータルサイト「MedPeer」で2019年8月1日にに配信された石蔵文信「おだいじに。」の第35回は、前回の続きで「医師も知らない 病院めぐる縄張り争い」(https://medpeer.jp/news/96030)というタイトルが付いている。

石蔵は「医療というシマをめぐって、官僚の縄張り争いが勃発したようです」と述べる。縄張り争いの主人公たちは文部科学省と厚生労働省だ。

病院や医療を管轄するのは厚生労働省だが、医療・医学で大きな権力を持つ国立大学医学部の附属病院は、文部科学省が人事権を持っている。以前は国立大学医学部のスタッフが大病院や有力病院のトップとして異動し、本来であれば厚生労働省が握るべきはずの人事権が文部科学省により、いわば「侵害」されていた。石蔵によれば、そこで厚生労働省は国立病院の上級スタッフを大病院のトップに送り込む努力を重ね、文部科学省から人事権を取り戻してきたというわけだ。

そこに医師の「働き方改革」問題が起こった。特に無給で働く医師の存在が大きな問題となった。

先日NHKは、「無給医」が50の大学病院に計2191人いたというニュースを放送しました。その後7月2日には、根本匠厚生労働相が「給与が支払われない医師がいたのは誠に遺憾であり、賃金不払いは労働基準法違反で速やかに改善が図られる必要がある」と述べました。当初、「無給医」は存在しないかのような態度を示していた文部科学省も、6月末に99大学の医師、歯科医師の約7%が「無給医」であったと発表しています。

大学病院の経営は苦しい。医療も医学研究も労働集約型であり、その労働力を、以前は研修医に求めていた。新臨床研修制度により研修医に頼ることができなくなった現在では、下級職員である助教や、非常勤医師、無給医がその役割を担っている。石蔵は「無給医の是正は存亡の危機をはらむ問題」だと言うが、そのとおりだろう。病院はこれ以上人件費を増やすことが困難だろうから、全体の労働量の見直しと、配分の根本的見直しが必要となってくる。そのような「危ない事実」を厚生労働省が認めたことに何か隠された意図があるのではないかと石蔵は推理する。

さらに厚労省労働基準局は7月1日付で、所定労働時間外の自己研鑽については、「診療などの本来業務と直接の関連性がない」かつ「上司の明示・黙示の指示によらない」ものは、院内に残って行った研鑽であっても「一般的に労働時間に該当しない」とする基本的な考え方を示しました。
今回の厚労大臣の発言や通達は「医療・労働関係は厚労省の管轄」と言う意思を明確に示し、文科省にとどめを刺すつもりなのでしょうか? それとも、これを機会に大学から無給医を市中病院に派遣してもらって一気に医師不足解消を狙ったものでしょうか? 隠された意図は定かではありません。

ただし、縄張り争いをしているのは官僚だけではない。医師会も勤務医を取り込もうと必死になっているし、勤務医の中には医師会を開業医の利益団体として敵視し、勤務医の独立性を確保しようとしている人たちもいる。

医療ポータルサイト「MedPeer」で石蔵文信が「おだいじに。」というコラムを月1回配信している。石蔵は内科医だが、紹介文に現所属の記載がない(最終は大阪樟蔭女子大学健康栄養学部教授)。2019年7月1日に配信された第34回「医療の官製統制に打つ手なし」(https://medpeer.jp/news/93460)では政府が医師のプロフェッショナル・オートノミーを敵視していると分析している。

プロフェッショナル・オートノミーというのは、専門職集団の自己統制のことで、専門職の認定、資格剥奪などの権利の管理、倫理的統制、社会的役割の推進などを専門職集団自身でおこなうことを指す。日本では弁護士が組織する弁護士会が懲戒権などを持っており、プロフェッショナル・オートノミーを持っていると言えるだろう。海外では医師会が医師免許を剥奪する権限を持っている国もあり、そのような国では医師のプロフェッショナル・オートノミーが確立していると言えるだろうが、日本では医師免許の授与も剥奪も国がおこなっており、全医師を束ねる組織もない。日本における医師のプロフェッショナル・オートノミーは非常に限られたものと言える。だが、石蔵は次のように述べている。

政府や厚労省はこの「プロフェッショナル・オートノミー」が諸悪の根源と考えている節があります。厚労省には武見太郎会長時代に日医の力に屈した苦い経験があります。私は厚生省時代を知る幹部から、何とか医師会や医師の集団を厚労省の指示のもとに置きたい、少し過激な言葉でいえば「支配したい」というのが長年の目標であると聞いたこともあります。法治国家の日本において医師が特権階級のように振舞うのを官僚たちは苦々しく思っていたようです。

そして「ここからは私の想像ですのでフィクションとしてお聞きください」と断ったうえで、医局を解体するために新臨床研修制度を導入し、「組織率が低下し始めた医師会や専門医制度は作ったもののインセンティブがないことに苦慮した学会、さらには研修する医師が激減した大学」を支配下に置くために「地域医療構想や新専門医制度を打ち出した」としている。制度にはいろいろな罠が仕掛けてあり、最近の医療制度に関する法整備とともに、医療界の自律能力を削ぐことになるという。

石蔵は、話を面白くするために物事を斜めから見て、ややひねくれた解釈をしているように感じられる。私は石蔵の筋書を楽しめない。しかし、日本の医療改革が進まないのは医療機関が民間中心であることも理由のひとつである。官僚が武見時代の恨みを忘れず、医師を支配下に置きたいと考えていることは本当かもしれないと思う。少なくとも官僚が隠された意図をもって動いていると感じている。

私はといえば、医師のプロフェッショナル・オートノミーを確立することで医療改革を進めたいと思っているのだが、遠く険しい道であることは間違いない。

最近、公園のような植物のある環境が人間に与える影響を調査した記事を続けて目にした。2019年8月20日に「日経メディカル」で配信された大西淳子「都市の緑化では木陰を作る樹木が良い?」(https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/hotnews/jama/201908/561967.html)と、翌21日に「MIT Technology Review」のニューズラインで配信された「緑いっぱいの公園で人は幸せに、ツイッター分析で新判明」(https://www.technologyreview.jp/nl/twitter-got-you-down-try-taking-your-phone-out-for-fresh-air/)だ。

大西の記事は、「JAMA Network Open」誌電子版2019年7月26日号に掲載された論文を紹介したもので、原論文はオーストラリアでの調査報告だ。

植物が人間の精神や全般的健康に良い影響を与え、抑うつを減少させる可能性があることがわかっているが、緑の種類によって効果が違うかどうかを見た研究だ。シドニーなど都市の住民46,786名(平均61.0歳、半数が女性)について2006年初めから3年間健康データを収集し、2012年から3年間追跡調査をおこなった。このデータと居住地周囲1.6km以内の植物調査データの相関を調べた。植物は樹冠を持った高木、草、低い灌木に分類している。

共変数を補正すると、追跡期間中に心理的苦痛が高い状態が発生するリスクは、居住地周辺の緑地面積が0~4%の場合に比べ、30%以上で半分以下(0.46倍)となった。樹冠の面積が30%以上を占める地域は0~9%の地域と比較しリスクが3分の2(0.69倍)だった。初期から心理的苦痛が高かった人の有病率については、樹冠が30%以上ではリスクが0.61倍だった。芝生と低い灌木はどちらも、有病率、発生率に対して影響がなかったが、芝生が30%以上の場合には、心理的苦痛が高かった人で有病率が上昇することが示唆された(1.71倍)。

これらの結果から著者らは、都市の緑化対策は木陰を作る樹木をメインとして増やすことがより良い選択と考えられると結論している。

二番目の論文は、サンフランシスコの公園から発信されたツィートをその前後のツィートと比較したのもだ。それによれば公園内からのツィートにはポジティブな語が多く使われ、否定表現が減る。公園にいる人は幸福度が上昇していると推定される。

人間が自然の中にいるときのツイートには幸福度の上昇が測定されているが、シュワルツによると、それが因果関係によるものなのか、相関関係によるものなのかは確信できないという。つまり、人々が外に出て自然に囲まれていることが理由で幸せな気分になっているのか、それとも人々が公園内で野外コンサートを見たり、友人と会ってピクニックをしたり、犬と散歩をしたりするなど楽しい気分になる活動をしているだけなのかはわからないということだ。

いずれにしても、緑が人間に役立つことは間違いないようだ。だが、砂漠で暮らす人びとはどうなのだろう。緑の少ない環境でそのような人びとがどのように影響を受けているのか知りたい。

↑このページのトップヘ