阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2018年10月

この本の中で印象に残ったことをいくつか取り上げたい。芸術家の作品に触れる場合、あまりその生活そのものには思いを致さないが、生活を支える何らかの手段がなければ暮らしていけないのは事実なのだ。

モネに限らず、いつの時代の画家も自分の作品が「売れる」ことを切望して絵を描いたのだ。そのような現実は見据えなければならないだろう。しかし、その現実の中でも画家が少しでも新しい芸術を生み出そうとしているならば、その「芸術家の意欲」は認めなければならない。(210ページ)

画家に限らず、作品を発表する人の中には、「食うための仕事」と「自分自身のための仕事」を分けている人もいる。デザイナー、装丁家、書家、コピーライター、俳優など、多かれ少なかれそのようなことをしている人が多い。作品を発表しているわけではない医師でも思い当たることがある。もしかしたら、仕事をしている人すべてに言えることなのかもしれない。

話を戻そう。芸術家にそのようなことがあることは認めるべきことだと思う。だが私はと言えば、彼らの作品に接するときに、その生活まで考えることは少ない。例外は私小説や俳句などの文学作品だろう。海野はセザンヌを研究することで、各作品とその時代の生活が一致して考えられるようになったのだろうが、専門分野の文学研究自体に作家の作品と生活とのつながりを意識するという研究態度があるのかもしれない。

その一方、作品は作者から独立した存在であるとも言える。そのことは、海野の次の発言によく表れている。

「絵画を読み解く」上で、私が強敵と考えるのは実作者たちがよく言う「絵画に言葉はいらない」という主張であった。だが果たしてそうであろうか。絵描きたちが自身のすべてを込めて制作した自作について、彼等がそう考えるのは無理もない。しかし描かれた瞬間、作品は作者を離れるのではないか。(222ページ「あとがき」)

これについては、私はいささか違う考えを持っている。絵を描く人は絵で伝えることが得意なのであり、文章を書く人は文章で伝えることが得意なのだと思うのだ。だから、画家は言葉にできないものを絵にしたのだろうが、物書きは絵で伝えることなどできないから言葉にするのである。もちろん書き手(描き手)が違えば、同じことを表そうとしてもニュアンスは異なるだろう。だからといって「絵画を読み解く」ことが否定されるとは思えない。それを否定するのであれば、俳句や和歌の鑑賞であっても否定されるべきなのだ。百万言を費やしても表せないことを17文字に読み込んだ俳人にとっては、自分の句を鑑賞する評論などは、作品を壊し汚すだけのものに思えるかもしれない。

もうひとつ、私が非常に気になった言葉がある。

〈絵画〉や〈文学〉は、巨視的にも微視的にもそれを生んだ〈風土〉と切り離せない。同じ〈空間〉へ行ってはじめて、画家と私たちを隔てるよそよそしい〈時間〉は意味を失い、私たちはその〈芸術〉と一体化することができるのである。(223ページ「あとがき」)

作品が風土と切り離せないという意見については全面的に賛成する。そのとおりだと思う。それは、私が中学生時代から外国文学を避けてきた理由でもあり、外国語を学ぼうとする動機のひとつでもある。文学の場合、作品には翻訳では味わえない部分がかならずあると、私は信じている。作家にはその作家の文体があるが、翻訳されれば、それは翻訳者の文体に置き換わる。翻訳者が異なれば、異なった文体で訳されるのだ。絵画の場合、そのような心配はない。私たちは作者の作品をじかに見ることができる。しかしその作品の持つメッセージをすべて受け取るには、その風土を知らなければならないだろう。とは言え、「同じ〈空間〉へ行」くといっても物理的に同じ空間である必要はないのではないか。もしその空間を「幻視」できれば、その作品と一体化できるのではないだろうか。時間を超えるには、それだけの想像力があればいい。私はそのように思いたい。

第2のテーマである「セザンヌ夫人の不きげん」は、しばしばセザンヌの絵のモデルとなった妻のオルタンスの描かれた表情が、常に無表情だったり不機嫌そうであったりすることを考察したものだ。このテーマについては先行する評論があり、この不機嫌さを夫婦の不仲に求めたり(113ページから114ページ)、モデルへの過酷な要求に求めたり(110ページ)しているそうだが、海野は次のように結論している。

セザンヌの場合、肖像画に限らず、絵画はもはや現実の再現は目指さない。[中略]セザンヌ夫人の不きげん、無表情の第一の理由は、セザンヌの彼女を描く方法が純粋に造形的だったからだということがわかる。人間的、文学的なものはすべて切り捨て、造形的なるものにひたすら徹した肖像であったからだ。(109ページから110ページ)

セザンヌは「近代絵画の父」と呼ばれ、モディリアーニ、ピカソ、マチスなどに大きな影響を与えている。

このセザンヌの理論と実作がなければ、マチスの、壁と卓上とが奥行きのない一続きの平面で描かれ、遠近法からはありえない空間が、赤を主体とした豊穣な色彩とあいまって、新鮮な感覚をあたえている〈赤い部屋〉(1908年)や、ピカソの、複数の視点から見るゆえに、眼は正面からのものだが、鼻は横向きであるといった女たちの顔を描いて、キュビズムの絵画を開いた〈アヴィニョンの娘たち〉(1907年)も生まれなかった。(108ページ)

つまりセザンヌはモデルの表情や内面を必要としなかったのだろう。その一方で、口絵で紹介されている「セザンヌ夫人とアジサイ」というスケッチでは魅力的な女性として描かれている。

彼女はベッドの中に横たわり、今、充ち足りた眠りからさめたようなはれやかな顔をしているのだ。画家の方をまっすぐに見つめている眼は、一途な光をたたえ、チャーミングでさえある。彼女の横にはアジサイの花が丁寧に描かれ、一部分は水彩で美しく彩色されている。(117ページ)

海野は当初これを別人だろうと推測したそうだが、「アジサイはフランス語でオルタンシアといい、オルタンスという名前はそれに由来するのだというのである(117ページから118ページ)」と知って「妻に捧げられている」と確信した。夫人が、長時間物体として微動だにしないことによる肉体的苦痛にもかかわらず何度もモデルとしてセザンヌに協力していたことを考えると、彼女には夫の仕事に協力したいという気持ちがあったのだろう。セザンヌと夫人の間には余人には知れぬ繋がりがあったのだろうか。

一連のエッセイは興味深いだけでなく、セザンヌに関する強い好奇心を引き起こすものであった。

海野泰男『授乳の聖母/セザンヌ夫人の不きげん』(文藝春秋)を読了した。私は絵画に関して知らないことが多いので、著者が例示した有名な(と思われる)絵についてもピンとこなかった場合があるが、カラーの口絵が多いことから、とても楽しめる本だった。海野は国文学者で『今鏡全釈』などの著書もあるが、絵が好きで、常に関心を持っていたばかりでなく、「勤めていた私大の学長になり、造形学部ができた15、6年前から、美術に関する文章を書き始めた(221ページあとがき)」とのことで、絵画に関する論文も公刊している。

第1のテーマである「授乳の聖母」は、聖母マリアが乳児のキリストに授乳する情景を描いた宗教画に関するエッセイである。彼がこのテーマを選んだのは、自分の専門分野である文学から得た、次のような仮説を絵画の世界でも検証したかったからだという。

人間における〈愛〉の感情の二つの方向 — 肉親への愛と異性への性愛 — はその発生段階においては未分化の一体のものであったはずで、その個体の成長とともにある時期から別なものになっていくが、その一体性や連続性の記憶や痕跡は — 少なくとも潜在的な深層心理のうちには — 存在するのではないだろうか。(8ページ)

近親相姦の事例をみても、あるいは他の動物と比較してみても、肉親への愛着と異性への愛着は本来同質のもので、ヒトでは成長とともに、本能に組み込まれたメカニズムにより肉親への性欲が抑制されると考えられる。基底部に存在するものが、その上層部にあるものによって制御されているのであり、上層部の制御が弱まれば顔を出すものである。彼のいう「一体性や連続性の記憶や痕跡」は、いわば「上層部をとおして透けて見える基底部」ということになるだろう。

このテーマに沿ったエッセイの中で、彼は幼子イエスが持つリンゴがときに乳房の象徴であると考えられることを指摘している。宗教画は数々の約束事に上に描かれているものなので、聖母の乳房を直接描くことをはばかり、リンゴを象徴として使ったことは大いに考えられるだろう。だが、リンゴが人の性的なもの表象であることを考えると、それは逆に乳房が性的なものであることも表していることになり、聖母マリアのセクシュアリティを暗示していることになる。海野の仮説を補強するものとなるだろう。

これが彼の発見であるのか、それとも以前からそのような説があるのかを知らない。美術史の中で彼の説がどのような位置を占めるのかを知りたいと思った。

佐藤綾子『新版 医師のためのパフォーマンス学入門—患者の信頼を得るコミュニケーションの極意』(日経BP)を読了した。医師が診療に当たるとき、患者の心理を把握してそれに応じた対処をしないと、治療の効果が得られない場合がある。そのために医師には「パフォーマンス」が必要であると説く本である。医師にパフォーマンスが必要であることは、故・日野原重明が強く訴えていたという。この本は心理学的な知見に基づいて書かれているので、納得できるし、信頼できる。逆に言えば、私がすでに知っていることが多かった。

パフォーマンスという言葉はさまざまな意味に使われるが、ここでは劇の上演や音楽の演奏を表すパフォーマンスと同等の意味で使っている。診療の能率という意味ではなく、診療の際に「場」を作り「作品」として診療を患者に提供することを表す。医師はとかくぶっきらぼうであったり、「上から目線」であったりする。服装にも構わないことがある。それではダメで、患者に自分の発言や提案を受け入れてもらうためには、それなりの「場の設定」や「話の持って行き方」が必要だということだ。

そこで彼女はさまざまな相談例を挙げながら、パフォーマンスを取り入れることにより改善できることを示唆する。その説明の根拠としては、心理学の実験の結果を示す。アドバイスはどれも有効だと感じられる。

だが、もっとも重要なのは、医師が実際にアドバイスを実行するようにすることだ。さらに言えば、この本に関心を示さないような医師に、どのようにしてパフォーマンスの重要性を伝えるかだ。これはすべての啓発活動に言えることで、活動に関心を示さない人びとをどのように巻き込んでいくかが常に問題となる。

医師がパフォーマンスを重視しない場合があるのは、医師の中に「自分の仕事は治療であるから、治療の結果をみて自分の価値を判断してほしい」という、ある意味での職人気質が根強くあるからだろう。また「自分は科学者なので、事実だけのレベルで話をしたい」という気持ちもあるかもしれない。これは與那覇が『知性は死なない』で指摘した、知性への信仰なのではないだろうか。大学教育の弊害とも言える。ところが患者は身体に問題を抱えているのだから、身体性の次元で思考している。そこで不整合が生じる。

医学教育では「治療」は主に「特定された病態への治療介入」である。ところが患者の希望する「治療」はQOLの向上であることが多い。希望されているものと与えられるものに食い違いがあれば、うまくいかないことが多いのは当然だ。医療者は「自分たちができるのはここまで」と考えることが多い。もしそうなのであれば、患者に対し「自分たちができるのは希望のごく一部に応えることだけ」と伝えるべきだろう(だからといってトラブルが減るとは思えないが)。もし患者の希望に沿うことが医療であると考えるなら、治療という言葉の定義を見直したほうがいい。

知性を売り物にしてきた(あるいは知性の産物を商品としてきた)彼にとって「病気によって能力をうしなう」(243ページ)ことは想定外であり、衝撃的な体験だった。「能力のなくなった自分なんて、この世に存在する価値はないんじゃないか」とまで考えたが、入院によって「そうではない」と気付かされた。

そこで彼が得たものは2つある。ひとつは能力や仕事、社会的地位といった「属性」なしに付き合える「友だち」を得たことだ。

[地位や能力を]うしなったって別にいいよ。それでものこるのが本来の意味での「友だち」だから。
— そういう認識が広まるだけで、どれほど多くの人が救われるだろうかと、いま私は感じざるをえません。(245ページ)

彼は「月並み」な言葉であるとことわっているが、「たとえば平成のなかばにインターネットが普及しはじめたとき、人びとが夢みていたのは[属性抜きに付き合える]そういう関係ではなかったか」と指摘する。たしかに、匿名でのコミュニケーションがユートピア的な自由な空間を創出するのではないかという期待があったと思う。だが現在、インターネットの実態は匿名に隠れたバッシング、嘘ニュースなどが吹き荒れる荒野である。人が属性抜きに付き合える「友だち」を見つけることは難しい。それを彼は病気になることで手に入れたのだ。

彼が手に入れたもうひとつのものは、能力をアフォーダンスとして捉える考え方だ。

私なりにまとめると、「提供する」という意味の動詞affordを名詞化したアフォーダンスとは、「能力」の主語を、人からものへと移しかえるための概念です。
たとえば、健常者の人間には走るという能力がある、とは考えない。逆に「平らな道」というものが、走るという行為を健常者の人にアフォードしている、つまり道と人間とのあいだに走るというアフォーダンスが存在する、というふうにとらえます。(249ページ)

あるゲームがうまくできない人がいた場合、その人に能力がないと判断するのではなく、ゲームのアフォーダンスに偏りがあると考えることになる。その場合、ゲームのやり方を工夫することで、皆が楽しめるようになる。彼は、「能力の差がある事実を、否定する気持ちはまったくなく、[中略]どれだけ大きな能力の差をカバーできるかで、そのものの価値をはかってみようと提案(250ページ)」しているのだという。フレキシブルなゲームは価値が高い。同様に、多くの人が参加できる仕事は価値が高いと言えることになる。

この、彼が2番目に得たものは、明らかに普遍性を持つ考え方で、社会に広める価値のあるものだ。彼の考えの成熟と展開を注視したい。


ところで、私は自分が認知症になったら、その後は特に長生きしなくてもいいと考えていた。認知症は老化現象のひとつなので、誰でもじゅうぶん長生きしさえすればかならず到達する状態である。私は、自分が認知症になったときのことを想像できず、現状が維持できないのであれば、後のことはどうでもいいと思っていたのだ。だが與那覇の体験を読み、認知症になっても充実した生活が送れる可能性があることが想像できるようになった。まだ具体的にはイメージできないのだが、認知症になった私には、それなりの喜びと楽しみがあり、悲しみと苦しみがあるのだろう。そしてその喜びや楽しみが自分にとってかけがえのないものであれば、もっと長生きしたいと思うのだろう。

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