阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2018年07月

昨日、自治体病院では院長に非医療職の上司がいる話を書いたが、これが二番目の「病院の言うことが変わる」の原因にもなっている。この本を読む限り、現場の看護師は早期の段階で自分のミスの可能性に気づき、それを上位の者に報告している。少なくとも現場は正直であろうとし、情報を共有しようとしていると感じられる。それを妨げているのは病院幹部であり、病院幹部は役所(東京都衛生局病院事業部)の意向を気にしているのである。事案が大きければ大きいほど、病院独自では動けなくなる。病院の裁量権は制限されており、それを逸脱するからだ。

現場が正直に話そうとしても、思い違いではないのか、他の職員の話との食い違いはないか、証拠はあるかなど、検討すべきことを検討してから話そうと考えるので、歯切れが悪くなる。さらに、伝えてしまったことまで後になって「検討して正式見解が出るまで」と撤回してしまうのだ。また、複数の可能性があったとき、いちばん(自分にとって)傷の浅そうな可能性を過大に評価してしまう。これは人間が本能として持っているバイアスだ。現在はもう惑わされることは少なくなっており、努めて客観的に考えようとするだろうが、当時は自己防衛の傾向が顕著に現れたようだ。永井からすれば、これは明らかな事故隠しに見える。だが東京都からすれば「見解の相違」ということになるのだろう。

なぜ言うことが変わるのか、そのメカニズムを書いたが、医療事故対応で関係者の言うことが変わることは不信のもとであり、絶対に避けなければならない。そのためには、情報を統括する職員を早期に決定し、すべての情報をそこに迅速に集め、その職員から随時患者家族に情報提供するようにしなければならない。不確かな情報であっても、患者家族にとって重要な情報であれば、どこが不確かで、今後どのように変わる可能性があるかをはっきり示した上で、できるだけ伝える必要がある。そして伝えた内容はかならず記録しておく。

三番目の問題として遺族無視を挙げた。蘇生の現場には遺族もいたのだから、記録が混乱しているなら、記録が不完全であることを告げた上で遺族からも事情聴取すべきであった。死亡確認の時刻や立ち会った医師について遺族の記憶と、職員の記憶が食い違うなら、職員の記憶のみ取り上げて押し通すのではなく、遺族を含めて検証すべきだっただろう。そうすれば病院見解がしばしば変更されたり、遺族の申し立てと食い違ったりする可能性が少しでも減るはずだ。紛争になっても、事故と本質的に無関係なところでの対立は生じない。

また、病院の都合で長時間待たせることもよくない。同じ待ち時間でも、外来の待ち時間は、患者の診察が延びるためであったり、予約枠に入りきらないほど患者が来ることで生じる。いわば患者同士の利害の対立であるから、病院だけの責任ではない。だが、事故後の家族対応は、特に病院に過失がある場合は最優先とすべき事項である。永井が書いているような、解剖の時間を病院の都合で延期しても連絡しない、遺族からの質問に長時間回答しないなどの対応はあってはならない。

この事故の事後対応の様子を読むと、ひと昔もふた昔も前の対応だと思える。おまけに大病院の対応とは思えない粗末な対応である。日本が医療安全(米国では患者安全と呼ぶが、日本では医療安全という言葉のほうが優勢である)に目覚めたのはこの事故以降のことなのであるから、この事故への対応を時代遅れと感じるのはある意味で当然のことなのだが、それにしても当時の水準からしても古臭い対応だろう。
私が感じた事故対応の一番の問題は動きの遅さ、二番目の問題は病院の言うことが変化すること、三番目の問題は遺族無視である。

動きが遅かったのは2月11日が休日で、翌12日が金曜日、13日が土曜日ということで役所の動きが鈍かったことがある。東京都の役人たちは、このように重大な事案であるとは思っていなかった(あるいは当初伝えられていなかった)のかもしれない。いずれにせよ対応が遅くなった背景には、院長を始めとする病院幹部が自分たちだけでは重大事項を決定できず、本部(当時は衛生局病院事業部)と相談しなければならないという規定がある。

社会の仕組みからいえば、病院のトップは院長であり、院長は医師でなければならないことになっている。だから院長は医師の義務を果たし、医師の倫理に従って行動することが期待されている。ところが医療法人や自治体病院では院長に上司がいる。医療法人では理事長が上司であり、自治体病院では自治体によって組織構成は違うだろうが、首長(知事や市長)や病院局の幹部が実質的な「上司」となっている。医療法人では院長が理事長を兼任していたり、前院長が理事長になっていたりして、理事長も医師であることがよくあるが、自治体病院では院長の「上司」が医師であることはきわめてまれである。

特に自治体病院では院長は実質的に中間管理職である。事故の公表を勝手にすれば、それら「上司」に突然の迷惑をかけることになるから、事前の報告と公表の了承が当然必要となる。謝罪にしても、慰謝料の支払いが必要になれば、病院に自由な予算はないのが普通だから、役所に支払ってもらわねばならない。「勝手に」謝罪すれば大ごとになる。

このことは、患者安全に直接関係していないことだから、事故後19年を経過した現在でも基本的には変わっていない。この問題の解決には自治体病院の仕組みを社会の仕組みに合わせるしかないだろう。指定管理者制度の採用、公営企業としての運用、独立行政法人化など、病院の独自性が担保された運営形態を強制するしかないのだろうと思う。

動きが遅かったもうひとつの原因は、事のあまりの重大さに現場が怯えたことである。永井は事故隠しだと指摘する。たしかに隠そうという本能的な動きがあったと感じられる。しかし、私はその背景にあるのが怯えだと考えている。

もちろん医療者はその怯えに打ち克って、倫理的に振舞わねばならない。それが医療者の職業規範である。ところが自治体病院では往々にして事務方が医療者ではない。彼らはローテーションで病院勤務となっていることが多く、「行政のプロ」ではあっても、医療を直接給付しているという意識に乏しい場合がある。その彼らが院長の実質的「上司」なのである。運営者として脅威を感じた場合、彼らは本能的に組織防衛に動く。その下で「部下」として働く院長は、いわば「飼い慣らされた」状態になっており、組織の決定に従うように習慣づけられている。そのために医療者と非医療者の間に溝ができてしまい、調整に時間がかかるのだ。これも、自治体病院の仕組みを社会の要請に合わせることで大きく変わるだろう。

永井裕之『断罪された医療事故隠し — 都立広尾病院医療過誤事件』(あけび書房)を読了した。永井は、1999年2月11日に発生した東京都立広尾病院における消毒薬誤注射事件により死亡した永井悦子の夫である。

この事案は日本の医療界が医療事故に対する考え方や対応を変えるきっかけのひとつとなった重大な事案である。この年に米国では患者安全の基本の書とも言える『To Err is Human(人は誰でも間違える)』が出版されて話題になった。また日本ではちょうど1か月前の1月に、横浜市立大学医学部附属病院で2人の患者を取り違えて手術するという事故があった(https://www.yokohama-cu.ac.jp/kaikaku/BK3/bk3.html)。日本では1999年が「医療安全元年」と呼ばれることになり、この年以降日本の医療安全は大きく変わろうと努力を続けている。

この事故の詳細については東京都病院経営本部の調査報告(http://www.byouin.metro.tokyo.jp/hokoku/hokoku/documents/hiroojiko.pdf)やウィキペディアの記事(https://ja.wikipedia.org/wiki/都立広尾病院事件)などが公開されているので、触れないことにする。概要だけ述べれば、軽微な手術の患者の術後に抗生剤の点滴を継続する指示が出されて、点滴ルートを確保するための「ヘパリンロック」をおこなう際に誤って消毒薬を用いたという事案である。患者が苦痛を訴えたときに血管ルートを新たに確保せず、消毒薬の入ったルートをそのまま使ったために、大量の消毒薬が血管内に投与され、患者はほぼ即死状態となった。痛ましい事案である。

永井は「それは殺されたといっても過言ではない出来事だった(1ページ「はじめに」)」と書いている。だが、この本を読んで感じるのは、この事故が発生したのは当時の広尾病院の業務運用の実態、急変時の医師対応体制の不備などが原因であり、またさらに遺族を苦しめ傷つけたのが病院幹部と東京都の対応だったということだ。たしかに患者はさまざまなシステム的不備によって「殺され」、さらに幹部たちの対応によって「二重に殺された」とも言えなくないが、この「はじめに」の言葉だけ読むとまるで過失があった看護師に殺されたように受け取れてしまう。永井も書いているように看護師たちは被害者だった。薬物の取り違いは決して特定の不注意な職員がしたことではなく、同じような状況では誰がしてもおかしくなかったような、人間の認知機能の特徴によるミスだ。

事故で明らかになった問題については、日を改めて書きたい。ちなみにこの「はじめに」は、「おわりに」とともにあけび書房のウェブサイトに掲載されている(はじめに:http://www.akebi.co.jp/html/html/tosyo/074dannzai-hajimeni.html、おわりに:http://www.akebi.co.jp/html/html/tosyo/074dannzai-owarini.html)。

加藤智也『スライドデザインの心理学 — 一発で決まるプレゼン資料の作り方』(翔泳社)を読了した。どちらかといえば中小企業や社内ベンチャーなど、予算の限られた、プレゼン資料作りにプロの手を借りられない人びと向けのようだ。

いろいろなノウハウが紹介されているのだが、実験結果に基づく根拠のあるものなのか、それとも著者の経験に基づくものなのか、あるいは単なる伝え聞きなのかが明示されていないのが残念だ。米国で出版されている本の場合、根拠資料を明示してあるものを多く目にしているのだが、読む本のカテゴリーの差なのか、一般的に言える文化の差なのかはわからない。

たとえば「すべての文字の面積が全体の40%程度だと、好印象を与える(30ページ)」とあるが、KeynoteもMicrosoft PowerPointも本文のテンプレートは画面の半分以上を占めている。試しに計算して見ると、タイトルと本文という典型的なテンプレートで、どちらも本文の面積が約55%だった。タイトルも含めれば面積は70%に近くなる場合もあるだろう。文字面積が40%ほどがいいということがプロの間に浸透している知識なのであれば、これらメジャーなソフトウェアのテンプレートにもそれが反映されているのではないかと思う。一方で「図版の面積は大きければ大きいほど、好感を与えます」とあるが、テンプレートには図版が大きな面積を占めるものが複数あり、知見が反映されていると感じた。

面白かったのは、悪い結果のプレゼンでも良い印象を与えたい場合のテクニックの数々である。自分で使う機会は少なさそうだが、他人のプレゼンを見る場合は注意したいと思う。テクニックのひとつが「悪い結果のときは、未来を語る(117ページ)」である。自社のシェアを大きく見せるために、円グラフの開始位置をずらし、自分のところを一番下に持ってくるというテクニックもあった。さらに3D円グラフにして厚みを持たせると、一番手前の部分が非常に大きく見えるようになるが、これはやりすぎだろう。好材料を探す、別の視点を追加するなどというテクニックもあった。

今まであまり気にしていなかったのがユニバーサルデザインだ。

日本人男性の約5%、女性の約0.2%が色弱者といわれています。[中略]掲示物などの配色を決める際には配慮することが理想的です。区別しやすい色を選ぶ以外にも、色をつける部分と、色をつけずに囲みを活用する部分を使い分けることで、誰にでも見やすいデザインになります。(179ページ)

これは貴重な助言であり、今後注意していこうと思った。

夕張市では死因として老衰が増加し、施設や在宅での看取りが増えた。結局、コミュニティが力を発揮し入院医療の少ない生活を支えている。認知症の高齢者も地域の中で暮らすことができている。

ただ、「在宅医療・施設医療」などの、いわゆる「病院『外』医療」は、実は市民に『当事者』として汗をかくことを要求する医療でもある。「病院医療」の世界では施設も家族も、病院というブラックボックスに患者を入れてしまえば、その後は特に汗をかく必要もない。患者さん自身も、病院の中では「先生におまかせ」で、言われたとおり身を委ねていれば特に何も考えなくても治療は進んでいく。いわゆる医療に『外注』できるスタイルである。一方「病院『外』医療」ではそれが出来ない。生活習慣病患者は、『当事者』として食事制限と運動療法などの勉強と努力をしなければならない。在宅患者の家族は、『当事者』として汗をかいて介護をしなければならない。福祉施設も、それまでは入居者が急変したら救急車で病院に搬送すれば済んだのに、「病院『外』医療」では『当事者』として施設内で『看取る』という大仕事をこなさなければならない。(148ページから149ページ)

「汗をかく」とは、そのために時間と体力を使うということである。自分の持っている時間と体力とを生活費を稼ぐために使っている人は、生活水準を下げるか、休む時間を減らすしかない。農業を含む自営業の人なら何とかやりくりできるかもしれない。だが勤労者世帯では難しいだろう。常勤から非正規雇用に切り替える、休職する、退職するなど、収入を得るための労働を縮小せざるを得ない。

夕張市が病院閉鎖を乗り越えられたのは、もともとコミュニティにそのような力があり、条件があったからだと見ることもできる。日本の医療は将来的に縮小せざるを得ないが、森田は病院医療の縮小について「国民に汗をかく覚悟はあるのか。[中略]当事者として参加するつもりはあるのか(149ページ)」と問うている。しかしこれを覚悟だけの問題にしてしまうことは国民にとって酷だろう。もちろん覚悟は必要である。覚悟を決めるための知識と、覚悟に到るまでの時間も必要である。しかし、何より必要なのはコミュニティの力を強める社会作りであり、在宅介護を計算に入れた上での労働体制作りだろう。

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