阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2017年09月

「転院搬送依頼書」の運用開始により、救急現場の負担は増えるが、しかたのないことだろう。救急隊員は状態の安定した緊急性のない患者を搬送するために厳しい訓練を受けているわけではない。命の危険にさらされている人を、いかに早く適切な医療機関に送り届けるか、医療機関に到着するまでいかにその人の生命を守るか、使命感に燃えて仕事に従事しているのだ。彼らが「下り搬送」を依頼されたときの不全感は察して余りある。

ただ、病院側にも消防機関救急車に頼りたい事情がある。民間救急車にはさまざまな車種や乗員構成があり、設備や広さが搬送に必要な条件を満たさないことがある。転送に必要な条件を満たす車種を業者が持っていないことがある。また、民間救急車は原則として搬送の前日までに予約する必要があり、当日転院が決定した場合は、運良く車が空いていたときにしか搬送を依頼できない。とはいうものの、それらの事情は「何とかなる」ものである。実際、多くの医療機関がこの「要領」が策定される前から努力を重ねてきた。

現時点では私としても運用に賛成で、私の勤務先も消防機関救急車の利用を極力減らそうと、すでに努力している。

だが、私にはひとつ何とかしなければならないと思っている問題がある。「医師の同乗」の問題だ。これは「原則医師」であるので、看護師や救急救命士でも、医療者であって患者の状態を管理する能力のあるものであれば認められるという含みがある。だが、誰も同乗しないというのは選択肢にない。

老人ホームから急変した高齢者が搬送されてくる場合、通常は職員が同乗してくる。保険証や身の回りの品を病院に引き渡し、急変時の様子、日頃の様子、キーパーソンなど、必要な事項を引き継いで慌ただしく帰ってゆく。老人ホームは医療施設ではないから転院搬送ではなく一般の救急搬送で、もちろん医師の同乗はなく、職員が同乗できなければそれでしかたがない。

療養型病院で患者が急変すると、そのようにはいかない。救急搬送を依頼すると、当直の医師が同乗しなければならない。すると病院には医師がいなくなってしまう。看護師が同乗すると、ただでさえ夜勤の看護師が少ないのだから、病棟の業務が回らない。そこで、療養型病院では救急搬送を依頼せず、その病院でできる範囲での医療を提供することになる。心不全、呼吸困難、意識障害などが起こった場合は、そのまま「お看取り」になることも多い。

全国の自治体で救急車の不適正利用が問題になっている。軽症での搬送依頼やタクシーがわりの依頼が目立つ。消防庁の統計では救急搬送者のうちほぼ半数が軽症者であり、本当に救急車を必要とする患者の救命に影響が出ることも懸念されている。2015年には国の財政制度等審議会が救急車の一部有料化を検討するよう財務相に提言したことが話題になった。

もうひとつ問題になっているのが転院搬送だ。医療機関を受診している患者の状態が急変し、救急の処置を必要とするがその医療機関では対応できないとき、患者を救急病院に搬送する必要がある。また、救急病院での治療が済み、状態が安定した場合、その病院でリハビリができないならリハビリのできる病院に搬送する必要がある。このような搬送を転院搬送と呼び、前者を「上り搬送」、後者を「下り搬送」と俗称する。

どちらも、従来から「緊急性があり」「救急車でなければならない」場合で「医師が同乗する」こととなっていたが、それが守られない場合があるのだ。たとえば以下のような「不適切事例」がある。

  • 80歳代の女性、大腿骨頸部骨折で救急搬送され入院していた。数日後、患者の状態が安定し、院内のベッドが満床となったため、救急車を要請し他の医療機関へ転院搬送となった。
  • 60歳代男性、誤嚥性肺炎の専門処置が終わり、引き続きリハビリによる療養が必要なため、救急車を要請し、リハビリ専門の医療機関へ転院搬送となった。
  • 40歳代男性、急性腹症で救急搬送され、初療処置後、入院治療の必要があったため、救急車を要請し、近くに受け入れ可能な医療機関があるにもかかわらず、遠方にある患者宅近くのかかりつけ医療機関へ転院搬送となった。(消防機関が行う転院搬送の要請に関する手引き http://taog.gr.jp/pdf/170907_4.pdf)

そこで東京消防庁は「消防機関が行う転院搬送の要請に関する要領」(www.tfd.metro.tokyo.jp/kk/syobyo/syobyo_bekki3.pdf)を定め、10月1日から運用を開始することとした。転院搬送に際しては、以下の要請基準を満たさねばならない。
  1. 緊急に処置が必要であること
  2. 要請元医療機関での治療が困難であること
  3. 他の搬送手段が活用できないと判断されること
さらに、「原則として要請元医療機関の医師が同乗するもの」とした。重症患者を搬送することを前提とした「消防機関が行う転院搬送は、要請元医療機関がその管理と責任の下で行うため」というのがその理由である。そして、それらのことを確認するために「転院搬送依頼書」(http://www.tfd.metro.tokyo.jp/drs/ss/154.pdf)を作成し、救急隊に提出しなければならない。

江崎は「なぜ混合診療がダメなのかと日本医師会の幹部に直接訊いた」ことがあるそうだ。

訊いてなるほどと思ったのは、先進医療などの高度な治療ができる病院とできない病院の差は、最新設備の投資ができるか否かです。最新設備を持つ病院は治療成績も良くなるため、全国から患者が集まることになる。そうすると経営的に余裕が生まれさらに良い設備投資が可能になる。これを繰り返しているうちに地域の中で医療機関に格差が出来てしまう。そうすると、最新設備を持つ病院にお金持ちの患者が集まり、押し出された地元の患者が設備投資できない病院に行くことになる。結果的に、地域のお年寄りが設備の古い病院に行かざるを得なくなるということでした。

だが江崎は、医療技術の進歩が比較的ゆっくり進む場合にはこの説明に一定の合理性があるものの、「技術進歩のスピードが速い場合、最新の医療技術をいち早く患者に届けるという観点からは大きな足枷になる可能性」があるという。

そもそも、病院の経済力による格差はすでに存在しているのではないか。財源に余裕のある病院は高度の医療機器を入れ、それを宣伝材料に使って集客する。たとえば、手術ロボットの「ダビンチ」は現在のところ稼働すればするほど赤字である。だが、豊かな病院は競って導入し、患者を集めようとする。よく言われる患者の大病院指向は、大きい病院には最新の検査機器や治療設備があるからという面も否定できない。

では、「最新設備を持つ病院は治療成績も良くなる」かと言えば、それは一概に正しいとは言えない。いくら最新の検査機器があっても、医師や技師がそれを使いこなせないのであれば、良い検査結果は得られない。治療設備にしても、まったく同じことが言える。治療するのは機械ではなく、あくまでも人間である。特に慢性疾患を治療する場合、重要なのは最新設備ではないということを社会にもっと知ってほしい。

さらに江崎は次のように言う。

医療分野では、薬価にせよ診療報酬にせよ、すべて国が決定するため、一般の産業から見れば極めて不思議な状況が生じています。昔学んだ医療技術だけでずーっと診療を行っている病院と最新の医療技術を導入している病院の提供する医療サービスに差がないという前提を置く方が、よほど不自然なことだと思います。

たしかにそうなのだが、この発言の裏に最新の医療技術のほうが優れているというメッセージがあるとすれば、それについては簡単に同意するわけにはいかない。末期癌の患者を支える場合、昔の医療技術で黙々と診療をおこなってきた医師のほうが、最新の医療機器に囲まれた病院の医師より、優れた医療を提供するかもしれないのだ。江崎は現在の医療制度の矛盾を非常によく理解しているが、医療がどんどん良くなっていると考えているようだ。たしかにある分野では非常に大きな発達を遂げた。しかしそこで失われたものもある。

江崎は以下のように医師に苦言を呈している。

現在の国民皆保険制度を本気で守っていこうと思うのなら、患者の要求を断ることはできないなどと言わず、医療のプロとしてちゃんと患者に説明して納得してもらうなど、お医者さんにもう少し頑張って欲しいと思います。

これに関してはまったく同感だ。

雑誌「ロハス・メディカル」の連載「梅村聡のあの人に会いたい」に2017年8月号に掲載された、江崎禎英とのインタビューの第3回について書きたい。なお、雑誌の記事ではなく医療ガバナンス学会のメールマガジン「MRIC」での配信を基にした(No.184 http://medg.jp/mt/?p=7808、No.185 http://medg.jp/mt/?p=7810)。江崎の肩書きは経済産業省政策統括調整官兼内閣官房健康医療・戦略室次長とある。

今回の副題は「国民皆保険は絶対に守るべき ただし現状のままでの存続は無理」である。この副題に今回の対談の内容が要約されている。

江崎は日本の医療制度の柱となる国民皆保険制度が医薬品の長期収載、混合診療禁止などと一体として論じられ取り扱われているところに問題を指摘している。本来、医薬品の長期収載の仕組みと国民皆保険制度とが連動する必要はなく、諸外国の例を見ても、費用対効果を考えてどの薬を保険の対象にするかを決めるのが一般的な方法であるという。

長期収載品の仕組みは、今では産業育成というより製薬会社に供給義務を課していることの見返りの意味が大きいと思います。儲けが少ない医薬品を生産し続けるために他で儲けさせて辻褄を合わせるというのは前近代的な行政手法です。政策資源のロスが非常に大きくなる可能性の高い手法と言われています。

混合診療は、日本でも実際に一部では行われており、諸外国でも認めている国は多い。混合診療に反対する理由としては、安価な診療をおこなって競合する医療機関を潰し、その後医療費を釣り上げる病院が出るのではないかと懸念する声がある。

一般の商取引や貿易の世界でいう「ダンピング」ですね。これは、独占禁止法やWTOなど国際ルールでも規制されていますので、医療の分野で無秩序にそのようなことが起きるとは考え難いと思います。ただ、仮にそうしたことが起きても、自由診療による治療が行われている限り、その治療が保険適用された場合に比べて保険料負担は軽減されますので、財政的危機に陥っている国民皆保険制度は維持しやすくなります。

後段はやや乱暴な議論だろう。ダンピングによる値段吊り上げの対象となるのは高額医療だろうと推測されるから、ほとんどの国民は困らないだろうとは思うが、一般の医療まで便乗値上げされない保証はない。

江崎は触れていないが、混合診療に反対する意見の中には「勝手に受けた自由診療での副作用をなぜ健康保険で負担しなければならないのか」というものもある。これは覚醒剤中毒者の治療を不要としたり、自殺者の治療は必要でないとするのと同じ思考法だ。人の判断の間違いの結果をすべてその人に負わせようとするのは、人は間違うものであるという事実を無視した、非倫理的な考え方だと思う。

この本では「闇のイーベイ」「犯罪者のアマゾン」などと呼ばれるダークウェブ市場である「マーケットプレイス」の中でも最大だった「シルクロード(Silk Road)」とその開設者DPRについて、詳しい情報が載せられている。

開設者DPRはRoss William Ulbrichtで、2013年10月に逮捕され、2015年5月に仮釈放なしの終身刑が言い渡されている。彼の苗字だが、この本では「ウルブリヒト」と表記されている。だが、YouTubeで関連の動画(v=jnDP-XBmRMMあるいはv=lXm84o7W080など)で確認しても発音は「ウルブリクト」である。IT関連の最新情報は海外から得る以外になく、著者らは海外とのチャネルも持っているようなのだが、なぜこのような表記を選んだのかはわからない。ウィキペディアの「シルクロード (サイト)」でこの表記が使われているので、それに合わせたのだろうか。ウィキペディアはその項目に引用されているニュース記事に従ってカタカナ表記を決めたのかもしれないが、引用元の記事はすでに削除されていて確認できない。

ウルブリクトが逮捕されるまでの過程はスパイ小説のようだが、いまだに謎に満ちている。FBIがどのようにして彼を特定したのか、本当のところがわからないのである。著者は「コンピュータ・ワールド」誌のヨアブ・ジェイソンの記事をもとに以下のように解説している(Ulbrichtの表記は原文のまま)。

この記事をもとに考えるなら、「当局が、匿名性を守るように設計された環境を技術的に破り、ウルブリヒトを特定した」とは言い切れそうにない。ヨアブも記しているとおり、ウルブリヒトはいくつもの失敗を重ねているからだ。例えば、彼の利用していたチャットサービス「Torチャット」は、メッセージの暗号化を約束するものであったにも関わらず、彼はシルクロードの管理人たちとのチャットログを「暗号化しないまま」自分のコンピューターに残すという方法を選んでいた。
その他にも、「ウルブリヒトが『グーグルグラス』のプロファイルでシェアしていたものと同じビデオが、『シルクロード』ではDPRのアカウントでリンクされていた」「シルクロードの宣伝が2つのフォーラムに書き込まれた際、その連絡先がrossulbricht@gmail.comであった」といった、非常に脇の甘い凡ミスも数多く発覚している。(168ページ)

だが、それだけの手がかりでウルブリクトに到達することはできない。著者らはFBIが、公表できないような違法すれすれの捜査手法を用いたのではないかと疑っている。この本の133ページから134ページにかけて、検察側が提出したFBI技術チームの供述書の抜粋があるが、著者らは「FBIの証言は間違っているか、嘘をついているか、重要な部分を隠しているかのいずれかという公算が高い(136ページから137ページ)」としている。米国政府の様子を見れば、いかにもありそうな話だと思える。

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