この本では、1章「デザインの役割の変化」で、企業活動におけるデザインの役割が変化したことを説明し、現代の企業ではデザインが企業の運営に非常に大きな影響を持っていることを指摘している。2章以下ではS会議への臨みかた、議事進行のしかたなどが順序良く説明されるが、彼が基本的な点として指摘するのは次の2点である。
- 自分がクライアントの目的を正しく把握しているか
- デザインが目的を正確に反映しているか
これはある意味で当然のことなのだが、実際にはこれらが達成されていないために、うまくいかないことが多い。まず、クライアントは自分の要望を正しく伝えているとは限らない。たとえば「ページのアクセス数を増やしたい」といったことは目的とは言えない。「何をアピールしたいのか」「どのような貢献をしたいのか」など、「ユーザーに何を提供したいのか」が目的なので、アクセス数が増えるのはその結果にすぎない。パン屋が「客を増やしたい」と思っても「どんなパンを売りたいのか」がなければ無意味なのと同じだ。
さらに、デザイナーが自分の好みや主義にこだわりすぎてクライアントの目的に沿わないデザインをしている可能性もある。クライアントがデザインを外注する場合、そのデザイナーの過去の作品などを見たうえで仕事を依頼するのだろうから、そのような行き違いは起こりにくいのかもしれないが、クライアントがデザイナーの意図を誤解している可能性もある。
この本を読みながら考えたのは、医療事故において医療側と患者・家族側がすれちがうのも、まったく同じ原因によるのではないかということだ。医療側が患者・家族側の要求、話し合いの目的を正しく把握し、患者・家族側に接する場合に把握した目的に沿って対応すれば、豊田郁子が『うそをつかない医療』で訴えたような、悲惨なすれちがいを避けることができたのではないだろうか。医療事故後の対応を「デザイン」できるのは医療側だけである。目的や要求の把握を間違った場合には正しい対応ができないし、対応が目的や要求に沿ったものでなければすれちがってしまう。