阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2015年03月

教材としてゲームを作成している話の続きを書きたい。さらに最近、2本のプログラムを作成した。先に作成したのは「倉庫番」プログラムだ。「倉庫番」というのは、倉庫の中にある荷物を押していって指定の場所に収めるゲームだ。非常に多くの実装が公表されているので、目にしたことがある方も多いかもしれない。倉庫番を動かすのにどのようなインタフェースを用いるかが一番の問題で、アルゴリズム自体は非常に単純だ。スマートフォンなら画面のタッチで動かすことになる。パソコンならキーボードで操作することも可能だ。ウェブアプリケーションはスマートフォンやタブレットで実行することもあるので、画面のクリック(タッチ)で移動させることが可能でなければならない。

クリックでオブジェクトを移動させるプログラムのよい作成練習になる。移動できない方向の検出が重要で、特に倉庫番が荷物を押しているときに荷物を確実に移動させること、荷物が壁に突き当たった時点で押せなくなったことを検出することが注意点である。

次に、「オセロ」ゲームを作成した。このゲームは一方の面が白、他方の面が黒となっている駒を使い、先手は黒い面を上にして駒を置き、後手は白い面を上にして盤に置いていく。相手の駒を自分の駒で挟むと、挟まれた相手の駒を裏返して自分の色にすることができる。最終的に白い面と黒い面どちらが多いかで勝負を決める。

コンピュータ化する場合、盤面が10×10と広いこと、明らかに不利な着手があることから、何らかの戦略を実装することは必須である。通常、この手のゲームで強いプログラムを作ろうと思えば、先読み(次に相手が打つ手、さらにそのあとに続く手を予想すること)が必須である。しかし、オセロの場合、駒の色がめまぐるしく変化するため、先読みは難しい。さらに、終盤での大逆転があり得るため有効な先読みをしようと思えば最後まで読みきるしかない。

最強のソフトウェアを作成しようと思えば、あらゆる可能な場合を評価しなければならない。オセロの場合最初に4つ駒を置くので、交互に駒を置いて96手で終了する。中盤の60の手番で1手に平均して4つの置き方があるとすると、それだけで4の60乗の場合を考えなければならないことになる。4の60乗は2の120乗で、1の後に0が36個並ぶ1澗(かん)(1兆の1兆倍の1兆倍)という数だ。これではどんな速いプロセッサでも処理できない。そこで「枝刈り」という処理が必要になる。これは、ある手が悪い手であると判断した場合に、その先の予測評価処理を打ち切る処理で、どのような場合に「悪い手」と評価するかという評価アルゴリズムの良し悪しが性能を決定する。

高度な技術を要する手法なので、私のプログラムは「周囲2マスには極力打ち込まない」という単純な戦略を採用した。完成したプログラムと対戦してみると、これが結構手強い。いちいち考えるのが面倒なので、適当に打っていると最後の方でかなり劣勢になり、盤面は相手の駒で埋め尽くされた感じになった。ただ、相手は詰めが甘いので(それはそうだろう、戦術は無いに等しい)何とか角を2つ取って形成を立て直したが、負けてしまった。次にそれなりに真面目に打ったら、僅差で勝てた。2回やると相手の癖がわかるので(私は開発者だが)、少し考えれば勝てるようになった。

振り返って考えたのは、自分は考えていると思っているのに、実は大した成果が上がっていないことがあるのだということだ。考えて打ったはずが、内側のマス目を優先するだけのプログラムに負けることがある。「下手な考え休むに似たり」とは良く言ったものだが、問題は何が「下手な考え」なのか当人にはわからないということだろう。

バックアップ用のハードディスクが壊れた。厳密に言えば、管理データに不具合が生じ、書き込みができなくなった。ディスクツールを使って無理やりマウントすると、読み出しだけはできる。その後の顛末も含めて、全体の経過を記録しておきたい。

原因は電源コードを差し込んだタップにある。私の家は普通の建売住宅であるため、壁の電源コンセントの数がそれほど多くなく、またコンピュータの設置場所の関係もあり電源にはテーブルタップを使用している。家にちょうどいいタップがなかったので、やむを得ずスイッチ付きのタップを使用していた。テーブルタップのコンセントひとつひとつにLEDの入ったスイッチが付いていて、個別にオン/オフできるようになっている。

それが災いした。数日前のこと、帰宅するとスイッチがオフになっている。どうも何かをスイッチの上に落とし、そのはずみでスイッチが切れたらしい。スイッチを入れたが、ハードディスクは認識されず、「修復が必要」というメッセージが表示される。ディスクツールで修復を試みたが、データの読み出しはできるようになったものの、データを保持したままの完全修復はできなかった。仕方なしに新しいハードディスクを購入した。

私はMacを使っているので、バックアップは標準のTime Machineでおこなっている。ハードディスクをつないでおきさえすれば、1時間ごとに自動でバックアップをとってくれる。壊れた2テラバイトのハードディスクには660ギガバイトのバックアップデータがある。できればそのデータを新しいハードディスクに移動させたい。そこで新しいハードディスクを接続し、マニュアルに従ってフォーマットし、壊れたディスクからデータをコピーしようとした。しかし「バックアップボリュームで所有権が有効になっていないため、バックアップをコピーできません。」と断られてしまう。ターミナルから「sudo cp -R」でコピーしようとしたが、それもうまくいかない。インターネットを検索したところ、「Time Machine:2台のバックアップドライブ間でバックアップデータを転送する方法」(https://support.apple.com/ja-jp/HT202380)という記事が見つかった(最終更新日: 2015/03/02)。

記事を見ると、ドライブの情報に表示される「このボリューム上の所有権を無視」チェックボックスは選択を解除しなければならないとある。早速記事にあるとおりに操作するとコピーが始まった。しかし、コピーの進捗状況を示すダイアログを見ていると、コピーする項目の数がどんどん増えていくばかりで、一向にコピーが始まらない。諦めて寝てしまった。

翌朝ディスプレーをのぞくと、「”Backups.backupdb”という名前の項目を変更するには、このコンピュータの管理者の名前とパスワードを入力しなければならない場合があります。」という表示が出たまま、作業が中断されている。項目数は2,201,693項目、合計674.09ギガバイトである。[OK]をクリックするとコピーが始まったが、予想時間は12時間となっている。そのまま放置し、コピーが進むのに任せて出勤した。帰宅してディスプレーを見ると「一部の項目へのアクセス権がないため、操作は完了できません。」というダイアログが出て止まっている。[OK]をクリックすると、「予期しないエラーが起きたため、操作を完了できません(エラーコード -8062)。」というダイアログと先ほどのダイアログが交互に何回も出た。ひとしきり[OK]をクリックし続けると、ダイアログは出なくなったが、残り854,737項目(493.09ギガバイト)で止まってしまったように見えた。ところがそのままさらに1晩放置したら、コピーが終わった。

その後、新しいハードディスクは問題なく使えている。だたし古いデータへの復元は、不要な作業なので試みていない。だから移行が正しくおこなわれたかどうかはわからない。そもそも古いデータは不要なデータである。復旧する気が無いなら、ここまで古いデータの移行にこだわらなくても良かったのかもしれない。

ヒトは近親交配を繰り返すと遺伝病の発生が増加する。近親婚がおこなわれた場合は発達障害の子どもや奇形のある子どもが生まれる場合が多い。また逆に、天才が生まれることもあるという。現在の日本は人口が密集している上に交通が発達しているので、近親婚を避けるのは容易だが、明治時代以前の日本では、孤立した集落が珍しくなく、そういった集落では近親婚が避けられなかった。そのような集落では、実際に発達障害者や先天奇形を持って生まれた人が多く、時に天才が出現すると、その人が集落の采配を一手に引き受けて生活を維持していたという話を読んだことがある。

外部との交流の少ない集落では、「外からの血」を入れることが集落の遺伝的環境を悪化させないために非常に重要だった。Ryan、Jethá『Sex at Dawn』(邦訳はライアン、ジェタ『性の進化論』(作品社))では、ヒトが本能として新規な人間に惹かれることを指摘したうえで、採取と狩猟により生活していた石器時代のヒトの集団では、性的関係が集団同士の関係を円滑に保つ働きをすると同時に、遺伝的環境の整備にも役立っていたと推測されている。

網野が「解説」で指摘した観音堂での歌垣は以下のようなものである。
対馬には島内に六つの霊験あらたかな観音さまがあり、六観音まいりといって、それをまわる風が中世の終り頃から盛んになった。男も女も群れになって巡拝した。佐護にも観音堂があって、巡拝者の群れが来て民家にとまった。すると村の若い者たちが宿へいって巡拝者たちと歌のかけいあをするのである。節のよさ文句のうまさで勝敗をあらそうが、最後にはいろいろなものを賭けて争う。すると男は女にそのからだをかけさせる。女が男にからだをかけさせることはすくなかったというが、とにかくそこまでいく。鈴木老人はそうした女たちと歌合戦をしてまけたことはなかった。そして巡拝に来たこれというような美しい女のほとんどと契りを結んだという。(31ページから32ページ)

この本の刊行は1960年だが、「対馬にて」の元になった調査が行われたのは1950年頃、雑誌「民話」に発表されたのが1958年頃らしい。対馬でこのような風習があったのは明治時代までのことである。おそらく江戸時代以前から続いていたのだろう。まさに性が集団同士のアイスブレーキングのメディアであり、性的関係が遺伝環境悪化を防ぐ手立てでもあったのだ。

宮本常一『忘れられた日本人』(岩波文庫)を読了した。宮本は日本の民俗学の巨人である。この本は、民俗学の本かと思っていたのだが、読んでみると文学(ドキュメンタリー)と言った方が良いような本だと感じた。特に「土佐源氏」は、創作だと思った人が実際にいたそうだ。
「土佐源氏」を創作と疑った人に対し、宮本氏は吉沢和夫氏に採訪ノートを示して憤ったという逸話があり、宮本氏自身も『民俗学の旅』でそうした人のいたことにふれている。(330ページから331ページ、網野善彦「解説」)

この土佐源氏を坂本長利の一人芝居で見たことを思い出した。実際の舞台ではなく、テレビ放送ではなかったかと思う。いつ見たのかは覚えていないが、見たのはずいぶん前だ。1967年の初演だというが、そんな前に見たはずはなく、1985年に紀伊國屋演劇賞特別賞を受賞しているので、きっとその頃テレビで放映したのだろう。NHKだったような気がするのだが、かなり性的な話が多いので、はたしてNHKが放映しただろうかと疑問に思う。ダイジェスト版だったのかもしれない。

この話に限らず、この本には日本人の性に対する観念が、明治以前と昭和以降では大きく変わったことが何度も取り上げられている。
就中注目すべきは、宮本氏が女性たちのまことに解放的な「エロばなし」をはじめ、ある種の性の「解放」について、各所でふれている点である。「対馬にて」の観音堂での歌垣や「男女共に誰と寝てもよかった」という「世間師」(二)の南河内郡磯長村の太子廟の会式は、特別な場でのそれであるが、この話の主役左近熊太翁が「女とねるのは風流の一つ」といい、畿内の「気品のある女には恋歌を書いてわたすと大ていは言うことをきいてくれた」と話ていること、「土佐源氏」の主人公の博労に応じた何人もの女性の話などを通して、宮本氏は男女の関係について、通常の「常識」と異なるあり方が庶民の世界に生きていることを語ろうとしているかにみえる。(328ページから329ページ「解説」)

解説を書いている網野は歴史学者であるが、彼の解説を読んで、宮本の「語り」もまたひとつの民俗学資料だとわかった。

最終章は第15章「調査法」である。社会科学における調査法について、分類整理し、特徴や注意点を列挙している。著者の黒田浩一郎はこの本の編者の一人であり、龍谷大学社会学部教授である。

章末に本書の結びとなるような「見解」述べてある。長くなるが引用したい。
社会調査が被調査者にすぐ直接に役に立つようなものを生み出すことはまずない。そして、被調査者は、病者の場合はふつういろいろな援助を必要とし、治療者の場合はふつう病者の助けになろうと努力している。このような状況では、調査をすることにより病者や治療者に何か直接役立つことをする方が価値あることではないか、という思いにとらわれやすい。あるいは、彼らこそが真実を知っており、それに比べて社会学の戯言など無意味であり、彼らの考えていることを代弁し、人びとに伝えることの方が価値あることではないか、という思いにとらわれやすい。そして、調査者であることと、被調査者に役立つことをし、彼らの代弁者になることの両立は不可能だ、と感じやすい。

けれども、人はすべて社会学者にならなければならないわけではないし、社会学者であることが他の仕事や職業より価値があるというわけでは絶対にない。だから、このような思いにとらわれたときは、調査をいったん中断して、両立できるか否か、できないならどちらを取るか、あるいは両方とも放棄するかをゆっくり考えて決断した方がいい(反対に、こうした問題に全然悩まない調査者は、自分がやろうとしていることがはたして医療社会学の調査と呼ぶに値するものなのかどうかをあらためて考えた方がいい)。(288ページから289ページ)

とても良い言葉だと思った。皆が賛成しているときに、本当に賛成していいのだろうかと迷うこと、皆が正しいということについて、本当に正しいのだろうかと疑うこと、そのような姿勢は重要である。ある社会現象があるとき、それに巻き込まれず、外から疑いの目を持ちつつ観察する観察者、それが社会学者なのだろう。私は医療人なので、医療に絶対的な価値を置いて仕事をしている。そのような私にとって、私の仕事を外から見る人びとの意見や分析は新鮮である。

医療者も、自分がおこなっている医療行為が本当に患者のためになっているかどうか、かならず自問することが必要だろう。ただ目の前に病人がいるから治療するというのでは、かえって病人を苦しめたり、害をなしている可能性がある。「人の苦しみにつけこむ」職業であるだけに、迷い悩むという姿勢が非常に大事だと感じる。

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