阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2015年01月

中島岳志『ヒンドゥー・ナショナリズム―印パ緊張の背景』(中公新書ラクレ)を読了した。本書は2002年、中島が大学院生のときに執筆したものだ。

本書はインドのヒンドゥー・ナショナリズムについて、その起源から現在の状況までを現地に入り込んで調査したもので、なかなかの労作である。インドの現状に、いかに英国植民地時代の影響が続いているかを知ることができる。インドの「近代化」は植民地化によって達成された。そのため、近代化と植民地化は密接に結びついており、独立国家となった現在でも、国家体制の根底に植民地主義が潜んでいる。

英国はインドを植民地化して支配するために、宗教体系を把握して利用することがもっとも効果的だと考えた。そこで多くのオリエント学者を動員してインド研究に当たらせた。
このオリエント学者たちがまず始めに行なったことは、聖典研究であった。彼らはキリスト教における「聖書」にあたるものを探し、それをじっくり研究することによって、インド社会の構成原理である宗教体系を把握することができると考えたのである。そのため、このオリエント学者たちは、古代インドにおいて成立したサンスクリット古典籍の研究に従事した。そして、この古典こそがインド社会の根源的原理となっている「聖典」であると位置づけ、それをインドの本質であると考える「公的インド社会観」を作り上げていった。つまり、彼らはサンスクリット古典籍にこそ「本当のインド」が存在すると考えたのである。(216ページ)

一部の上流階級の言語であったサンスクリット語をインドの代表的言語と位置づけ、ほぼ口伝のみで伝えられていたヴェーダを文字化して固定した。「ヒンドゥー」という言葉は、もともとインダス川の西側に住むイスラム教徒が「インダス川の向こうに住む自分たちとは違った信仰をもった人たち」を総称して使っていた言葉だという(218ページ)。オリエント学者たちはこの言葉を彼らが体系化した「宗教」の名前に採用した。したがって、ヒンドゥー・ナショナリズムという言葉自体も、そしてその内容も、英国人が体系化しインドに与えたものを起源としている。

さらに英国は「公的インド社会観」に基づく政策を実施した。インドがカーストや宗教によって分断された社会であると規定し、分断された各集団に異なる制度を適用した。たとえば婚姻に関して、ヒンドゥーにはヒンドゥー法を、イスラム教徒にはイスラム法を適用させた。著者によれば、婚姻はそれまでコミュニティごとに慣習に従っておこなわれていた。「イギリスの支配によって、はじめて古典籍に基づくヒンドゥー法やイスラーム法の規定が固定化され実体化した(219ページ)」のだ。

インドでは「民族奉仕団(RSS)」がかなりの勢力を持っている。この団体はヒンドゥー・ナショナリズムを基本に据えた団体であるが、上層部はカーストや宗教を超えた国民の統一を理念として持っている。しかしながら、実際の運動は他の宗教を強く排除しているし、RSSの幹部でさえカーストに縛られている。ヒンドゥー・ナショナリズム自体に分断の構造が組み込まれているのだ。

本書を読んでいると、ところどころに著者が人間として顔を出す。インドの将来を憂い、ヒンドゥーの教えが国家利益のためにねじ曲げられるのを憤りをもって凝視している。そのような部分は、まるで小説を読んでいるように面白い。

飯間浩明『三省堂国語辞典の秘密』(三省堂)について引き続き書きたい。『三国』は話し言葉に関する記述が多い。たとえば話し言葉の音便についても巻末付録に「話し言葉での活用語」を掲載しているという(84ページ)。

面白いのはファミレスでよく使われる「こちらメニューになります」「1万円からお預かりします」という言い方に文法的な説明をつけていることだ。
「こちら~になります」という言い方が誰にも違和感なく使われるのは「相当する」の意味を表す場合です。たとえば、「南口改札口から入ったとき、こちらが総武線、向こうが中央線になります」というのがこれです。「向こうが中央線に相当します」ということです。こうした語法は、多く、場所を示すのに使われます。

ファミリーレストランの「こちら~になります」もこれと同じです。品物や料理を、ここでは「場所」と扱って、「こちらメニューになります」「こちらコーヒーになります」と言っているのです。「こちら」という、本来は場所を表すことばと共に使っていることも、この説の裏づけになります。場所を表すことばは、「~のほう(方)」など、婉曲表現によく使われることが知られています。(54ページ)

つまり「これが(貧弱ではありますが)メニューに相当するものなのです」「お口には合わないかもしれませんが、コーヒーと注文されるとこれになってしまうんです」というニュアンスを伝えているということだ。「1万円から」については、以下のような説明を用意している。
「から」のほかの用法として、「最初のものを表す」というのがあります。「帰宅後、まず英語の勉強から始めて、次に数学に取りかかる」というときの「から」です。「1万円からお預かりします」の「から」も、この用法だと考えられます。(56ページ)

「1万円をお預かりすることから始めます」という意味だという説明だ。まったく違和感がないとは言えないが、有力な説のひとつだろう。

なぜ「おはようございます」という挨拶が「こんにちは」より優先して採用されるのかという説明も面白かった(74ページ)。芸能界では古くから、いつ会っても挨拶に「おはようございます」という習慣があるが、最近は飲食業など、ほかの業種にも広がっているらしい。理由は簡単で、「ございます」がつけられるからということだった。たしかに「こんにちは」はそれ以上丁寧にしようがないし、目下から目上に敬意をもって挨拶するときは態度で表現するしかない。「おはよう」と「おはようございます」の2段階ある方が使い勝手が良い。

話し言葉の丁寧形に関する記述にも『三国』は気を配っている。「(~に)おいて」の丁寧形「(~に)おきまして」や「(~に)ついて」の丁寧形「(~に)つきまして」にも言及しているそうだ。
こんなことは、わざわざ書かなくても、それぞれ「おいて」「ついて」に、丁寧語の助動詞「ます」が加わったと考えればすむことかもしれません。ちょうど、「読む」の丁寧形「読みます」を、辞書ではわざわざ示さないのと同じように。

でも、よく考えてみると、動詞に「ます」がつくのは当然ですが、連語の「おいて」「ついて」、それに、副詞や接続詞の「あいかわらず」「したがって」などに「ます」がつくかどうかまでは、考えないと分かりません。

「あいかわりませず」「したがいまして」とは言う場合があります。一方、「やむをえず」や「かえって」は「やむをえませず」「かえりまして」とは言いません。(200ページ)

さすがに日本語の専門家だ。すごいことに気がつく。しかしそれを無意識でおこなっている私たちの言語能力はさらにすごい。ただ、「やむをえず」は何とか丁寧に言おうと緊張して「やむをえませず」と口走ってしまうことがありそうだ。学校で習う文法が嫌いだという人は多いが、私たちの頭の中には文法がありその文法を使って言葉を発しているのだ。

飯間浩明『三省堂国語辞典の秘密』(三省堂)について引き続き書きたい。『三省堂国語辞典』(以下『三国』)の目指すところは「『要するに何か』が分かる辞書」(12ページ)なのだそうだ。さらに、現在使われている「現代語」を中心に編纂している。本書から、普段気付かないことや、間違って覚えていたことについて、いろいろと学んだ。

たとえば、日本語の誤用を扱った本や、日本語のトリビアを扱ったクイズなどで誤用とされる言い方の中に、根拠がなく誤用とは言えないものが多くあることを知った。「汚名挽回」は「汚名返上」と言うべきだという説があるのだそうだ(35ページ)。「汚名挽回」では汚名が復活してしまうだろうというのである。飯間は「挽回」に以前の状態に戻すという意味があるので、「汚名を着せられる前の状態に戻す」という意味になり、正しい用法であるとしていた。私はもともと漠然とそのように思っていたが、きちんと筋立てて説明するのに感心した。

「全然」の後に否定が来なければならないというのも都市伝説だそうだ(36ページ)。たしかに古い時代の文章で「全然」の後に肯定形が来るのを私も読んだ気がするのだが、飯間は実例を示してくれる。「二の舞を踏む」が「二の舞を演じる」「二の足を踏む」の誤用ではないと、これも実例付きで解説されており面白かった(42ページ)。

「爆笑」(37ページ)は大勢が笑ったときにしか使えない、「前代未聞」(43ページ)の後には良くないことが来るというのも、いずれも根拠のない指摘なのだそうだが、このような指摘があることすら知らなかった。本書を読まなければ、このような指摘を受け「そんなはずは無い」と思っても、自信を持って反論できなかっただろう。

私がはっきり意味を知らなかった言葉には「にやける」(47ページ)、「逸話」(176ページ)、「姑息」(177ページ)がある。「にやける」は漢字で「若気る」と書き、「なよなよしている」というのが本来の意味だ。何となく雰囲気で使っていたが、すっきりした。「逸話」は本来「世の中にあまり知られていない話」で「有名な逸話」は本来の使い方ではない。また「姑息」は「一時しのぎ」という意味であり、卑怯という意味はない。

語源の解説では「くだらない」が面白かった(62ページ)。「くだらない」は、もともと「訳のわからない」という意味だったそうだ。それが、「無意味な」とか「ばかばかしい」などの意味になった。「京のものではない」、つまり京都から下ってきたものではないというのが語源という説があるそうで、その方が面白いが間違いであると述べている。手話では、自分の首から胸をなで下ろして「わかった」ことを示し、「わからない」の手話は逆に胸から口の方へなで上げる。手話の「わかる」と、「下る」の古い用法には言語的な関連があるのだろうか。

「未曽有」の読みに関する話も面白い。元首相の麻生太郎が2008年11月におこなった学習院大学での挨拶で「ミゾーユ」と読んでずいぶんとたたかれた。
問題の「ミゾユー」の例は、残念ながら、見坊カードの中には見当たりません。ただ、私とともに『三国』の編集委員を務める塩田雄大さんの調査によれば、戦前には、「未曽有」には「ミゾユー」「ミソーユー」など、少なくとも6つの読み方のあったことが確認されているそうです。(59ページ)

戦前の出版物には振り仮名のあるものが多く、その場合、読みがある程度特定される。しかし「みぞう」と書いてあっても「ミゾー」と発音するのか「ミゾ・ウ」と発音するのかはわからない。日本語の正書法ではどちらも同じ表記になりからだ。たとえば「格子」は「コーシ」、「子牛」は「コ・ウシ」と発音されるが、どちらも仮名書では「こうし」と書かれる。

しかし、そもそも「正しい読み」とは何かが不確かである。たとえば法律家は「遺言」を「イゲン」「イゴン」と読むのだそうだ。医師は「頭蓋」を「トウガイ」と読む。中学の頃、「荘子」を「ソウシ」と読んだら「ソウジ」と濁って読むのだと国語の教師に訂正された。日本史の教師は「百済(くだら)」を「ヒャクサイ」と読んでも構わないと言っていた。「未曽有」の正しい読み方が「ミゾウ」であるという根拠を知りたいものだ。

飯間浩明『三省堂国語辞典の秘密』(三省堂)を読了した。本書を読んでいて、つくづく感じたのは、私は言葉の話が好きであるということだ。200ページ強の本であるが、通勤時間などを使って1日半で読み終わり、電車で席に座れないのも苦にならなかった。もちろん、本書が良く書けた本であることも一気に読み通せた理由のひとつである。

飯間は三省堂国語辞典の編集委員である。奥付には「国語辞典の編纂のため、新聞・雑誌・書籍・インターネット・街の中など、あらゆる所から現代語の用例を採集する日常を送っている。早稲田大学などで非常勤講師」とある。辞書の編集者には大学教授が多いが、飯間は常勤の、いわゆる「定職」を持たないのだろうか。

私は元来、教授などの肩書きを信用していない。大学教授になるのは、学問的に優れた人間がなるのではなく、「大学教授になるのに優れた」人間がなるのだと思っている。要は、論文を書くのがうまい、予算を獲得するのがうまい、競争が得意などの才能に恵まれた者がなりやすい職業だと思っている。もちろんのことだが、だからといって大学教授になるのが学問的に下位の人間だとも思っていない。学問的才能と論文執筆・予算獲得などの才能は、両立しうる才能である。実際に私の知り合いの教授たちにも、学問的に尊敬すべき人は多い。ただ、「大学教授だから学問的あるいは人間的に優れている」ということではないと思っているということだ。

最近、ブログを書くようになって、著者の肩書きを必ず確認するようになった。そして、大学教授にも非常に優れた人が多いことがわかった。いや、この書き方はおかしい。多くの大学教授は、やはり教授になるだけの知識と情熱を学問に対して持っているということを再確認したのだ。

そのような中で飯間の紹介文を読み、「やはり学問は肩書きではなく内容だ」という、私が以前から抱いている思いを強くした。見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)の辞書を受け継ぐ飯間は、その生活をも受け継いだのだろうか。
[見坊は]戦時中、若くして辞書の編集に身を投じ、新聞・雑誌などから現代語を集めました。その作業は『明解国語辞典』としてまとまり、恩師・金田一京助の名前で刊行されました。

その後、見坊は、大学や研究所にも勤めましたが、やがて、決然退職して辞書作りに専念。晩酌や旅行も犠牲にして、「見坊カード」と呼ばれる膨大な用例カード(ことばの実例を記録したもの)を作成し続けました。こうしてできたのが『三国』、つまり『三省堂国語辞典』でした。初版は1960年に刊行されました。(26ページから27ページ)

飯間は大学の教員であり、おそらく学会の会員でもあるだろうから、日本語学の世界で認められた研究者なのだと思うが、日本のアカデミック・コミュニティでは、一般的な傾向として大学や学会に所属していない人の意見や発見を認めないことが多い。もしかしたら、日本語学の世界では、新聞の校正者が膨大な知見を持っていたり、市井に優れた方言研究者がいたりと、ある意味で実力を平等に戦わせる機会がある学問分野なのかもしれない。

ウェブマガジンの日経ビジネスオンラインに2015年1月15日に掲載された、永末アコ『ペンが与えるかすり傷は、銃が与えるかすり傷より深い―パリ在住日本人が見たフランス・新聞社テロ』(http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20150114/276187/)について書きたい。2015年1月7日に起こったパリの「シャルリー・エブド」新聞社襲撃事件について、現地で暮らしている永末が書いたものだ。

皆がテロに怯え、家族のことを心配したが、その後で一般の人びとが心配したのは、イスラム教徒に対する迫害だったと言う。しかし翌日になって、新聞社を襲撃した犯人たちを追い、市民を守ろうとして射殺された警察官の一人がイスラム教徒だったことがわかったため、その心配はなくなった。
今「私はシャルリー」に続いて、イスラム教徒やイスラム教徒をファミリーや友人に持つ人々は「私はアメッド」(この殉職したイスラム教徒警官の名で「アメッドの心は死んでいない」の意味)のプラカードを掲げる。そして沢山のフランスに住むイスラム教徒たちが「アメッド 、私たちの未来を守ってくれてありがとう」と心の底から、彼がいる天国に向かって言う。

彼の死により、フランスのみならず全世界のイスラム教徒が一方的な偏見から守られた。彼の死がなければ「イスラム教徒=悪」という図式は、彼女が恐れるように非イスラム圏に広がっていただろう。

彼女が感じるのは、シャルリー・エブド紙が掲載した風刺画に対する違和感である。彼女によれば同紙はかなり偏った左派の週刊紙で、発行部数も多くない。彼女は事件までイスラム教に対する風刺画を見たことがなかったそうだが、初めて見た時の第一印象は「正直なところ『これはちょっとひどいかも』だった」という。今回のテロを例えて言えば「殴ってみろ」とさんざん口汚く挑発して相手を怒らせて本当に殴られたようなものだと言う。仏国民は、その点を比較的冷静に見ているようだ。
シャルリー・エブド出版社襲撃の翌日に、フランス全土が、会社も学校も、そしてメトロも止めて、正午に「1分間の黙祷」を行なった。

小学校でその理由を子供達に教えると「自分と違う宗教を馬鹿にしちゃいけないんだよ。そんなのあたりまえでしょ」と子供達は口々に言い、教師は言葉に詰まったと言う話が新聞に載っていた。

さすがに日頃の教育がしっかりしている。フランスでは福島原発事故の後に奇形の力士の漫画がカナール紙に掲載されたことがある。彼女はその漫画を見て、驚きとともに恥ずかしさを感じたそうだ。おそらく人間の心に潜むサディスティックな感情に気づき、同じ人間として恥じたのだろう。
福島の人々が傷つかないよう、そしてこの1枚の絵によって、福島の人々がフランス人を嫌悪しないよう。私はその絵を1度見ただけで、二度と自分の目に触れさせないようにした。私は日本人として確かに傷つけられていた。

「ペンは剣よりも強し」とよく言われる。彼女は「ペンは銃よりも強い」という言い方を使って、「ペンが銃より強いのであれば、ペンが与えるかすり傷は、銃が与えるかすり傷より、深い傷になり得る」と訴える。暴力というと私たちは物理的暴力、身体的暴力をまず考えるが、言葉による暴力や態度による暴力も影響力は大きい。悪意を込めて意図的に発せられた言葉は、身体的暴力よりも人の心を傷つけることがある。しかも言葉による暴力は身体的暴力に比較して覚知や規制が難しいからやっかいだ。
オランド大統領は言う。「自由は野蛮な行為よりも常に強い」。

しかし、私は思う。「野蛮な行為と言われるものが、行為者にとっては自由なる表現であったならば」「人を傷つけるような表現を、野蛮な行為とは言わないか」。私にはわからないことだらけだ。

すべての権利が義務と表裏一体のように、すべての自由には責任と自律が伴っているのだと思う。ありきたりの結論だが、若い頃の私は無謀で、言葉で他人を傷つけたこともあった。そのような過去の自分を見据えつつ考える結論はこれしかない。

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