阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2014年08月

真野俊樹『医療が日本の主力商品となる』(ディスカヴァー携書)について引き続き書きたい。著者の真野は医師、経済学博士、MBA(経営学修士)である。現在、多摩大学統合リスクマネジメント研究所教授で、政府関係の委員や医師会の委員も勤めている。

第3章は「日本の医療の進むべき道」で、医療の問題点を列挙し、彼なりの解決策を提案している。彼は「医療は、21世紀最大の産業の一つとして経済に合流する必要がある(217ページ)」と主張する。日本の医療は、さまざまな問題を抱えているにせよ、高水準にあることは間違いない。周辺のアジア諸国の富裕層が日本へ医療を受けにやってくるメディカルツーリズムが徐々に拡大していく可能性があると真野は分析する。私は韓国の医療水準の伸び、タイ、シンガポール、マレーシアなどが国策としてメディカルツーリズムに力を入れている現状では、日本が選ばれる可能性はそう高くないと考えるが、食の安全を含めた社会の安全性や、日本人の誠実さへの信頼から、日本を選ぶ人々もいるかもしれない。

メディカルツーリズムが盛んになれば、否応無しに医療が産業の一つとなる。税金を使う医療から金を稼ぐ医療になり、研究開発も活性化し、雇用も創出され、医療従事者への教育も産業として成長する。医療と産業との合流である。

ここで真野は経済に「徳」の概念を導入する。1998年にアジア人初のノーベル経済学賞を受賞したインド人のアマルティア・センの概念をベースに経済学者塩野谷祐一の考え方を使ったものだという。
経済学者の塩野谷氏は、倫理学の体系の構成要因には「正・徳・善」があり、正は正義、徳は卓越、善は効率が判断基準であるという。言い換えれば、制度が正義(たとえば公正)の基準に合っていることが正、行為が効率的であることが善である。

この考え方からすると、経済学は善を追及する学問といえよう。この二つはわかりやすいのだが、徳はわかりにくい。塩野谷氏は、徳は倫理的観点からの人間の存在(性格・能力・品格)を評価するものであるとしている。(222ページから223ページ)

真野は「政策や制度のレベルで医療と経済の接点を探るものが成長戦略だとすれば、個人や家族のレベルで医療と経済の接点を探るのが、徳の視点ということになろう(225ページ)」と述べるが、やはりわかりにくい。しかし、医療者に徳が必要であることは明白である。彼は医療者(医師)の倫理観を自明のこととし、その説明として徳を用いているようだ。
医療者には医の倫理を守るという非常に重い規律がある。医の倫理を守ることは、医師が医師である基本といってもいい。そこでは、当然、金儲けのために医療を行うべきではない、すなわち医療が経済に従属すべきでない、本書の言葉でいえば徳が善にしたがうべきではない、と考えられている。(225ページ)

日本の医療が抱える問題点に対する彼の提案は、マネジメントを取り入れることと、「標準化」「情報化」である。医療費が増大し、経済が縮小する現状では、医療にマネジメントが必要なことは、真野の指摘を待つまでもないだろう。「病院の世紀の終わり」という考え方も、間接的には医療へのマネジメント導入を要求している。標準化も進行中である。「標準」そのものが製薬会社寄りであるとか、臨床の実態にそぐわないなどの批判はあるが、ガイドラインの整備やDPCの導入により、きわめて強力な標準化への圧力がある。最大の問題は情報化であろう。電子カルテの導入といったレベルでの情報化は進んでいるが、そのデータの分析・好評といった点での「医療の情報化」はまだまだである。

真野俊樹『医療が日本の主力商品となる』(ディスカヴァー携書)について引き続き書きたい。著者の真野は医師、経済学博士、MBA(経営学修士)である。現在、多摩大学統合リスクマネジメント研究所教授で、政府関係の委員や医師会の委員も勤めている。

本書の第2章は「混迷しながらも成長する世界の医療」で、米国、中国、インド、スウェーデン、ドイツ、韓国、シンガポール、マレーシアについて、医療の現状を、その背景とともに紹介している。

米国の医療制度の問題点は、このブログでもたびたび述べているので、ここでは繰り返さない。中国の医療制度については知る機会が少なかったが、富裕層はともかく、中流以下の国民は苦労しているのではないかと思われる。医療に対する不満を持った人が病院で暴力事件を起こすことも、まれとは言えないようで、2011年11月に中国の医療サイト「丁香園」に医療現場での暴力行為を防ぐための手引きが掲載され話題になったとのことだ(http://6d.dxy.cn/article/56083で原文を閲覧可能)。
防暴指南[引用者注:上記の手引き『医疗工作场所防止暴力行为中国版指南(2013-2014)』のこと]は次のような項目で構成されている。[中略]
(2)当直の時にはできる限り部屋で一人になることを避け、入り口の扉には近づかない。
[中略]
(5)自己防衛を念頭に、医師は周辺にある物を使って身を守る。たとえば、鉄製の「カルテ挟み」で抵抗し、刃物による攻撃を防御する。
(6)応対する時間的余裕があるなら、すぐに白衣を脱ぎ棄て、人ごみに紛れて迅速に現場を離脱することにより傷害を受けるのを避ける。
[中略]
しかし、患者側はやむにやまれぬ思いで医療騒動を起こしているのだという批判もあり、中国の医療は混迷を極めているといってもいいであろう。(101ページから102ページ)

スウェーデンの医療はスウェーデンの国民性を反映しているようだ。スウェーデン人は子どものときからできるだけ自分のことは自分でするように教育されるという。真野は「1860~1930年の間に約120万人が米国に移民してしまった歴史があるほど、寒くて貧しい国であったことが関係している。[中略](113ページ)」と述べている。
このような気候や生活態度が、自立した国民性を生んだとの話もある。しかしその一方で、彼らは、国を信頼し連帯感を持って高負担を是とする国民でもある。(113ページ)

そして、自己負担はほとんどないのだが、1年間に医師にかかる回数は、1人当たり2.9回だそうだ。これならば無料でも税金で賄えそうだし、日本では同じ制度を運用するのは無理だと簡単にわかる。
原則的に、最初に看護師による電話トリアージがあり、そこで、軽い病気と考えられれば予約で何日か待つことになる。逆に、救急ならば予約をせずに地域医療センターを受診することがあるが、この場合も何時間も待たされることがある。[中略]
したがって、スウェーデンの医療政策の目標は、その日のうちに医療機関に行けること、1週間以内に医師の診察を受けられること、必要によって90日以内に専門的機関に行けること、そして手術が必要な場合は90日以内に手術を受けられること、これが目標になっている。(115ページ)

韓国、シンガポール、マレーシアの制度も興味深いが、長くなるので割愛する。

真野俊樹『医療が日本の主力商品となる』(ディスカヴァー携書)を読了した。著者の真野は医師であるとともに経済学の学位を持ち、MBAも持っている。臨床医を起点とし、製薬会社、シンクタンク勤務を経て、現在は多摩大学統合リスクマネジメント研究所教授である。政府関係の委員や医師会の委員も勤めている。

題名を見て、「また日本の医療を海外に売り込もうという本か」と思ったが、そうではなかった。編集部がつけた題名なのだろうか。著者が「おわりに」に記した以下の言葉は、著者自身の違和感を表しているように感じる。
本書では表題に「商品」という医療者にはやや馴染みにくい表現を使ったが、消費者が医療の金銭面を意識するようになってきているのはたしかである。また、2012年版厚生労働白書の国民意識調査では、「所得の高い人は、所得の低い人よりも、医療費を多く払って、よりよい医療サービスを受けられる」との見解について、「正しい」「どちらかといえば、正しい」との回答が49.6パーセントとほぼ半数に上り、ほかの先進諸国を上まわる結果となったという。
この思考パターンが正しいのかどうかという議論は別にして、もしかすると日本では文化的にも医療が「商品」として認識されてきたのかもしれない。(259ページ「おわりに」)

本書の内容は「産業として見た医療―その問題点と展望」といった感じだ。経済学者としての著者の研究成果が充分に生きた、非常に刺激に富み、納得できる本だった。とは言うものの、第1章「なぜ日本の医療は遅れをとったのか」は、医療を産業としていかに発展させるかという視点が中心となっており、やや反発を感じる章だった。

たとえば、医療は、その価値も機能も制度も含めて20世紀に導入され、作られたものであったが、医療が生活の一部になるためには文化に根差したものに変容する必要があるとの主張がある。
制度が文化の基盤の上に成り立つ、あるいは文化を尊重して制度がつくられるのであれば、医療が非日常から日常になった、あるいはなりつつあるという変化の中で、再度新しい医療制度の構築が求められているのかもしれない。(45ページ)

これは非常に含蓄のある主張だと思う。ところが、ここから文化論やコミュニティ論に発展するのではなく、経済発展と直結した産業文化論になってしまう。抽象的な文化論を述べるのではなく、政治・経済に密着した議論をおこなう方が実際的ではあると思うが、議論が小さくなったような気がして残念だった。

特にドラッグラグ、デバイスラグ(ラグとは時間差のことで、海外で承認されている薬や医療器械は日本でなかなか承認されず、使用できるようになるまで時間がかかる現象)の解消について述べられている部分は、まさに政策論、企業文化論である。彼は厚労省の委員となり、医薬品や医療機器の承認を担当する医薬品医療機器総合機構(PMDA)の機能評価に関わっている。PMDAの体制が、内部努力もありかなり改善したとして、以下のように述べている。
2007年に発表された革新的医薬品・医療機器創出のための5カ年戦略等において「新薬の上市までの期間を2.5年短縮する」とされており、PMDAは開発から申請までの期間を1.5年短縮、申請から承認までの期間を1年間短縮するとされた。
2010年度において、PMDAは医薬品の申請から承認までの期間について、ほぼ当初の目的を達した。この部分でのドラッグラグはほぼなくなったといってもいい。ただし、申請者側の時間は、製薬会社の問題でもあるが、こちらがなかなか改善されないという指摘はある。(72ページ)

このような記述に接すると、私はつねに違和感を感じる。開発から申請までの期間は、担当者を増員する、審査方法を見直すなどで短縮することが可能だろう。しかし開発から申請までの期間は短縮できるものなのだろうか。よく政府が「何年までにこの技術を実用化する」などのロードマップを公開することがある。だが、技術開発が予定どおり進まないことは明白だ。予定に沿って開発できる新技術などというものはない。「開発から申請までの期間」の延長の原因に「もう開発は終了しているのだが、申請にまでもっていくのに手間取っている」という期間がかならずあるというならわかる。開発が終了しているのに、市場規模が見込めないからということで、期待される適応症以外の疾患を適応症として申請することがある。李啓充が『市場原理が医療を滅ぼす』で指摘したニモジピンについてのバイエル社の対応はまさに典型だろう。この部分をなくそうというなら実現可能だろう。

著者は経験も知識も豊富であるが、それを新書に詰め込んだためか、記述が簡略にすぎることが多いと感じる。彼が示す経済学的な考え方や評価が、一般的なものであるのか、試論の段階を出ないのかが、経済学の素人である私にはわからない。彼の議論を自分の中に取り入れようとする場合、残念ながら自分なりに勉強しなおさないと使えないと感じる議論が多い。

メールマガジンJBpressで8月20日に配信された、古森義久『朝日新聞の慰安婦虚報は日本にどれだけの実害を与えたのか』(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41520)について書きたい。古森は1963年に慶應義塾大学を卒業後に毎日新聞入社し、1983年には毎日新聞東京本社政治部編集委員を勤めたが、1987年に毎日新聞を退社して産経新聞に入社し、2013年からワシントン駐在客員特派員を勤めている。

古森は1981年には米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員を勤めたそうだし、産経新聞に移ってからは、ワシントン支局長やワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任しているので、米国でのテレビ出演やセミナー、シンポジウムへの参加も多かったようだ。彼はそのたびに「日本の軍(官憲)が組織的に女性を強制連行して売春をさせた事実はない」と主張し続けたが、受け入れられなかったという。
米国におけるこの論議の中で、私はまさに多勢に無勢だった。学者からマスコミ、政治家、政府高官までが「日本軍は女性を組織的に強制連行し、性的奴隷とした」と主張するのだ。その主張の根拠とされたのが、朝日新聞が発信し続けた日本からの虚報だった。米国内で事実を主張する私たちにとっては、まさに「弾丸は後ろから飛んできた」のである。

米国の議会も政府高官も、「大朝日」の記事を信じ、それを証拠として日本を評価してきたのだ。

古森によれば、米国で慰安婦問題を取り上げて反日活動をおこなった組織が2つある。ひとつは1992年に在米韓国系の活動家たちが首都ワシントンで創設した「慰安婦問題ワシントン連合」という組織で、もうひとつが1990年代後半に活動に加わった中国系の「世界抗日戦争史実維護連合会」(以下、「抗日連合会」)である。慰安婦問題は当初から政治的に利用されていたように感じられる。

1992年は「女子挺身隊」と従軍慰安婦を混同した報道が始まった年だ。朝日新聞はこれを「誤用」としているが(http://www.asahi.com/articles/ASG7M01HKG7LUTIL067.html)、正確には「誤報」であろう。虚偽報道とまでは言えないが、それを20年以上も放置したことを考えると、「誤用」で済ませようとする態度は無責任と言われても仕方ないだろう。いずれにせよ期を一にして米国で反日団体が政治活動を開始する。
私は当時、この組織の人たちに、その主張の根拠を質問したことがある(ドンウー・ハムとかヘレン・ワンという名の女性たちだったことを記憶している)。彼女たちの答えは「日本側の当事者の証言や資料と新聞報道による」というものだった。「歴史学者たちの証言」という回答もあったが、「その歴史学者とは誰か」と問うと、「日本の学者たちの証言」という曖昧な答えしか返ってこなかった。

政治的意図をもっておこなわれている運動であれば、その方向を転換することは難しい。彼らに必要なのは正しい情報ではなく、自分たちに都合のいい情報なのだから。朝日新聞が責任を持って記事撤回を広報する必要があるのはもちろんだが、日本政府も、しっかりとしたキャンペーンをおこなうべきだろう。

政治の問題は得意ではないが、自分が生きている世界の問題であり、目をそらすことも逃げることもできないので、あえて取り上げることにした。間違いがあれば訂正していただきたいし、批判を賜れば幸いである。

朝日新聞がいわゆる「従軍慰安婦」について虚偽報道をおこなったということは、ずいぶん以前からインターネット上で指摘されるのを目にして来た。このブログで紹介した豊田有恒も何度も同紙の虚偽報道について書いている。そしてついに同紙は、2014年8月5日、6日の2日にわたって「従軍慰安婦」について特集を組み、その中で過去の記事を複数撤回した。

同紙が虚偽の記事により日本の信頼を傷つけ、国益に重大な損害を与えたことを非難するのは当然のことであり、この特集記事が充分な検証になっておらず、謝罪も無いという指摘はそのとおりなのであるが、私としては、記事を撤回した姿勢をとりあえず評価したい。私は同紙を購読していないので、紙面ではなくホームページに掲載された記事を読んだ。

いちばん大きな問題は吉田清治の嘘を見抜けず、裏取りも不十分のまま掲載し、さらに嘘らしいとわかった後も検証せず放置したことだろう。『「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断』という記事(http://www.asahi.com/articles/ASG7L71S2G7LUTIL05N.html)の最後には「読者のみなさまへ」と題し、以下のような付記がある。
吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。

しかしこの記事では、なぜ虚偽であるのかが見抜けなかったのか、1992年頃より吉田証言の真実性に関する疑義が指摘され、1997年の時点では虚偽を強く疑いながら、なぜ放置したのか、「その後[引用者注:1997年以降]、朝日新聞は吉田氏を取り上げていない」のはなぜなのかなどについて納得のいく説明がなく、いかにも不十分の感が否めない。これらの点については、朝日新聞デジタル紙面上にも秦郁彦(元千葉大学)(http://www.asahi.com/articles/ASG827G22G82UTIL020.html)、吉見義明(中央大学)(http://www.asahi.com/articles/ASG795JCYG79UTIL02F.html)、小熊英二(慶応大学)(http://www.asahi.com/articles/ASG814WQLG81PTIL00V.html)らが各々の観点から感想を述べている。また、インターネット上にも批判があふれているので、ここで私が新たに批判を繰り返す必要はないだろう。

さらにその後、植村隆という人物が現れ、1991年に誤解を招く記事を掲載した。現在の従軍慰安婦問題の根底にある誤解は、彼の記事の影響の方が大きいと言ってもいいだろう。その記事を放置した責任も、朝日新聞にはあるが、今回の検証記事(http://www.asahi.com/articles/ASG7L6VT5G7LUTIL05M.html)では「元慰安婦の裁判を支援する韓国人の義母との関係を利用して記事を作り、都合の悪い事実を意図的に隠したのではないかとの指摘」についてしか答えていず、植村の記事について何が真実で、何がそうでないのかについての検証はされていない。非常に影響の大きい記事であっただけに、これではいかにも不十分だ。

朝日新聞と聞いて常に思い出すのが医療バッシングだ。同紙は何度もバッシングをおこなっている。1999年の医療事故多発に続く全マスコミのバッシングがひどかったという人もいるが、私の記憶では1990年代半ばにも朝日新聞が医師を目の敵にしたようなバッシングをしていた。私はマスコミの医療記事や番組を批判的に見るようにしているが、朝日新聞に対しては、特に慎重に臨んでいる。私は医療崩壊の原因のひとつにマスコミによるバッシングがあるのではないかと考えているが、当然マスコミ側の反省を目にしたことがない。

虚偽報道でもうひとつ思い出すのが、日中戦争中の「百人切り競争」だ。現在の毎日新聞の前身である東京日日新聞が、1937年の南京戦において「野田毅、向井敏明の両少尉が前線で中国兵を日本刀で斬り倒し、百人斬りの競争をしている」と4回にわたり掲載したものだ。この記事が唯一の根拠となり、両少尉は1947年11月に南京軍事裁判所で死刑を宣告され、銃殺刑になっている。この記事が創作記事であったことは、内容の非現実的なことのみならず、関係者の証言から明らかだが、朝日新聞で本多勝一が取り上げ、「諸君」で山本七平が反論することで1974年頃まで論争が続いた。捕虜の惨殺がおこなわれていたことは事実であり、当事者が殺害をおおっぴらに認めていたことも事実なのだが、マスコミの責任をめぐって両者の議論は噛み合ず、言い合いになってしまっていた印象がある。創作記事とは虚偽報道ということなのだから、当然訂正の対象になる行為であると思うが、本多はそのようには考えていないらしかった。

いずれにせよ、この撤回記事が出たことで外交の風向きが変わることを願っている。しかし、この特集記事ではインパクトが弱すぎる。JBpressで織田邦男が米紙に謝罪広告を出すことを要求していたが(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41497?page=3)、全世界の主要紙に謝罪広告を出すぐらいのことをしても良い。そうすれば朝日新聞は世界中から本当に尊敬されるだろう。

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