阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2014年04月

わかりやすく書くことは難しい。先日読了した浅見昇吾:編『死ぬ意味と生きる意味―難病の現場から見る終末医療と命のあり方』(上智大学出版)の第10章、大橋容一郎「ケア的発想とは何か」を読んでそう感じたところで、現在読んでいる内田義彦『生きるとこ 学ぶこと』(藤原書店)を読んで、ふたたび同じ感想を持ったので、私なりにまとめてみることとした。

両者に共通することは、文章を読むと非常に重要なことを言っている感じがし、筆者の熱意がしっかりと伝わってくるのだが、具体的に何を言っているのかがつかめないということである。どちらの文章でも、さらに読み進め、全体を読み終わるとかなりはっきりした全体像が得られ、著者の主張も具体性を増して了解しやすくなる。

大橋はケア的発想の基盤となるケアの原理的表現を以下のように分類している。
1.人間が他者との共振や交差経験によって自分自身を見出したり変わったりするという共助的で相互関係的な人間観
2.配慮や気遣いなどの態度は人間の根底にはじめから存在しているという主張
3.気遣いや援助への心の動きは経験や陶冶、教育などによって育成されるとする主張
4.助力を必要とする人間と、それを気遣う人間という、異なる立場を認めるだけでなく、一般論より個別的、具体的な経験を重視する、観点の移行

その上で、彼はつぎのように述べる。
こうしたケア的発想の人間観や世界観は、近代社会を構成する基軸になっている人間観や社会観とはかなり異なっており、だからこそ現代における可能性が問い直されているのでしょう。(323ページ)

この文章がわかりにくい理由は2つある。ひとつは分類が整理されていないことである。2.と3.は対立する観点であるのに、順序を付けて並べている。さらに、1.は「人間観」であるが、4.は「観点の移行」であり、1.と併置できる事項ではない。ここで私は「ケアの原理的表現を分類」と書いたが、原文ではこの箇条書きが何を列挙したものであるのかが明示されていない。

もうひとつの原因は「近代社会を構成する基軸になっている人間観や社会観」がどのようなものか、具体的に示されていないことである。大橋には自明のことなのであろうが、私は社会学や哲学の素人なので、説明してもらわなければわからない。

30ページほどの第10章全体を読むと、彼の言う近代社会を構成する基軸となる人間観、社会観がどのような考えを指しているのかわかってくるが、逆に言えば彼の文章を理解するためには、全体をひとまとまりとして頭に入れなければならない。途中に出てきた不明点も、不明のまま記憶しておき、意味が明らかになった段階で解釈し直し、彼の思想を構成する一片として所定の場所にはめ込むという作業が必要となる。不明のまま記憶しておかねばならない事項が多すぎると「わからない」という評価になる。

内田の場合は確信犯である。
社会科学者は、「分業のあり方」を社会認識の基礎におく。なぜそうか。その底にあるものを社会科学方法論の問題として追及することは別の本にゆだねよう。ここでは、この問題状況は、経済学でいう分業論の問題に関連するんだということだけ指摘しておいて、この局面での人間的主体のあり方をなお追及してゆくことにする。―といえば、ピンとこない読者は不親切だと思うだろうが、生半可な解説は読者自身の中での「出会い」を断つ。(83ページ)

この文章を読んで、なぜ分業のあり方を基礎におくのか疑問に思った読者は、社会科学関連の書籍を手当たり次第読まねばならなくなる。この文章は学生に向けられたものなので、それでもいいのかもしれない。ちなみに、この文は「実社会に根を持たない学問は役に立たない」といった文脈で出てきた文だ。この後内田は、自分が実社会でどのような働きをしているかを自覚しつつ、それとは切り離して社会科学を勉強するように勧め、いずれは自ずとすべてがつながって見えてくるので、なぜ社会科学が分業論を基礎に据えて社会を分析するのかわかるという。

文章をわかりにくくする原因は詰め込みすぎと省略である。伝えたいことが多く、それをすべて盛り込みたいと思うので、説明を省略せざるをえない。すべて盛り込みたいのは、自分の論を完璧に伝えるためには、どの要素も欠くことができないと思うからだが、そのために各要素の説明が省かれてしまう。

本末転倒のような気がするのだが、昔ながらの「読書百遍、意自ずから通ず」の世界では、1回読んでわからなくても、人生のいずれかの局面で「あ、そう言うことだったのか」とわかればいいということなのだろう。内田は、そのようにして「思い出した」知識だけが本物の知識だと言っている。「知識は、忘却の彼方から生れ出るときにのみ、新鮮な生きた知識たりうる(84ページ)」からゆえの確信犯だ。

私は、このブログが(内容はともかくとして)わかりやすい文章であることを願っている。わかりにくい点があれば、何なりとご指摘いただければありがたい。

浅見昇吾:編『死ぬ意味と生きる意味—難病の現場から見る終末医療と命のあり方』(上智大学出版)の第9章、藤村正之「医療への社会学的まなざし」について引き続き書きたい。藤村は上智大学の社会学の教授で、福祉社会学などを専門としているが、彼の執筆した本章は、この本に対する不満を打ち消すだけの内容があった。後半ではQOL(quality of life、生活の質、生命の質)と医療におけるコミュニケーションが取り上げられる。

彼はまずQOLに対する2つの批判を紹介する。ひとつは、本来患者個人ごとに異なるものであるQOLを標準化された尺度によって評価する困難さである。
当然ながら、疾病や障害を負った後での価値観の変容や環境への適応によってQOLの自己評価は変わりえますし、高齢者や障害者が評価基準をどこに置くかによって、必ずしも主観的なQOLは低くないなどの実態が浮き彫りになってくるのです。(303ページ)

もうひとつは「ほぼすべてのQOL尺度が疾病や障害を持つ場合に得点が必然的に低くなる構造を有しており、そのような視点の設定や測定方法に対して拒否の態度が示される例(303ページ)」があることだ。

彼は、QOLが主観と客観を橋渡しする中間領域としての働きをしていると述べる。私は今までQOLを医療の観点と心理の観点からしか捉えてこなかったので、QOLを社会学の見地から捉えるという彼の視点が非常に新鮮で、勉強になった。

医療についてのコミュニケーションについても、社会学的な視点を導入するというのが非常に新鮮で、かつ納得がいった。医療現場でのコミュニケーションの重要性は当然のことで、その意味づけをしようとは今まで考えたこともなかった。心理的、精神医学的な分析は常におこなっているが、どちらかといえばそれはコミュニケーションの結果や有効性に対する考察であった。コミュニケーションの必要性、重要性を自明のこととして考慮からはずすのではなく、必要性や重要性そのものを考察の対象にすることの意義を理解した。

コミュニケーションに重きを置かないパターナリズム的態度について、彼は「専門家支配」という権力性に依拠するもので、それを可能としたのは患者側の無条件の信頼であるとする。その信頼に応えることは医師の側とっても苦痛を伴うことであるから、医師側と患者側の双方からコミュニケーションの対等性を求める動きが起こり、それがインフォームド・コンセントとエンパワメントだと説明する。ここで言うエンパワメントとは、患者が自分の治療について把握し制御する能力を持つことだろう。

彼は、各人が自分の病気に対する専門家になるエンパワメントの基礎的準備として、ヘルスリテラシーの必要性を指摘する。これらの議論に大きな異論はないのだが、はたして現実的にエンパワメントが可能であるのかには、疑問を感じている。ある疾患について理解するために必要な基礎的知識は膨大である。特定の疾患に関する知識であっても、医学という学問体系の一部に収まっているものであり、きちんと理解するには一見関係のない知識も一通り身につける必要がある。患者が仕事をしながら、あるいは症状に苦しみながら、それだけの作業を一定の時間内にこなせるのかと疑問に思う。もちろん、そのような作業をサポートする体制は必要だし、そのような意欲がある患者なら作業が可能となるような環境整備は必要である。しかし、すべての患者にエンパワメントを期待することは、逆に患者にプレッシャーを与える結果になりかねないと心配する。

引用文献として中西正司、上野千鶴子『当事者主権』(岩波新書)が上がっている。私はまだ読んでいないのだが、上野の著書『おひとりさまの老後』に対して内田樹が「結局それだけの財力と交友関係を持った人の話だ」と批判していたのを思い出す。

私は、義務教育で医学を教えるといいと思っているくらいだから、ヘルスリテラシーの考えには大賛成である。エンパエワメントについては、環境を整えるが、要請はしないという態度で臨みたい。

浅見昇吾:編『死ぬ意味と生きる意味―難病の現場から見る終末医療と命のあり方』(上智大学出版)から、関心を持った事柄について、引き続き書いていきたい。本日は第9章、藤村正之「医療への社会学的まなざし」について書く。藤村は上智大学の社会学の教授で、福祉社会学などを専門としている。

医療という、いわば理科系の学問領域に、社会学という文科系の学問が関わる必然性を、彼は3点に分けて説明している。
1.健康や病気に対する見方や定義には、社会的・文化的・歴史的に規定される要素があり、それらの要因ごとに認識が異なること。
2.健康や病気が人々の間で推移や分布する形態には、属性や社会的要因の影響が避けられないこと。
3.健康を維持し、病気を治療する医療過程や保健過程は、当人だけでなく、家族や保健・医療関係者を含めた社会関係の中で営まれていること。

第1項に関しては説明不要だろう。第2項に関しても、「GDPの高い国ほど平均寿命が高く、低所得の国ほど平均寿命が短い」「社会階層ごとに健康格差が拡大している」(いずれも292ページ)などの事例が挙げられているが、当然のこととして理解できる。第3項も当然のことなのであるが、社会学は家族内のコミュニケーションのような小規模集団の「社会現象」も扱う学問だということだろう。彼は以下のように説明する。
医療における様々なプロセスは、病気とそれへの処置をめぐる医学の技術的過程のように見えながら、それを人間が行う以上、関連する人々の行為・意識・コミュニケーションの交錯する過程としても展開されざるをえません。それは患者本人が主役のようでありながら、医師―患者―家族の三者間関係の中で流動的に営まれる過程としてとらえる必要が高まっているということです。そこに社会関係を扱う学である社会学が医療や病気に対して取り組んでいくべき観点が存在しています。(294ページ)

彼は、社会学は主観性をも研究対象とする特殊な学問であると言う。
社会学は社会科学の中において客観性にも重きをおきますが、同時に主観性への目配りも視野に入れる独特のディシプリンを構成しています。それは、人々が主観的に感じることと客観的な把握との間にズレがある時、主観性に基づく理解を間違っているとするのではなく、むしろ、そのズレを説明すべきものととらえていきます。(296ページ)

医療に関わることは、患者という人間とその背後にある生活、患者の家族、また患者の暮らす社会と必然的に関わることになる。医者は「病気を治せば文句はないだろう」という職人気質に陥る傾向があるが、それは誤りであることが、医療に社会学的な視点を持ち込むことにより明らかになる。社会学的な考察をおこなうことは、医療者に自分の医療を振り返る良い機会を与えるかもしれない。医学部の最終学年に、これから臨床に出る準備として、また医療人としての教育の中間総括として、医療社会学や医療人類学の授業をおこなうことが効果的であると考えた。

浅見昇吾:編『死ぬ意味と生きる意味―難病の現場から見る終末医療と命のあり方』(上智大学出版)から、関心を持った事柄について、引き続き書いていきたい。本日は第8章、細田美和子「声をあげる患者たち」について書こうと思うが、その前に述べておかねばならないことがある。表記の問題である。

「しょうがい」という呼称は日本語として定着しており、この言葉自体に対する批判に触れることは少ないが、この語を同漢字表記するかについては、さまざまな立場があり、場合によっては立場が衝突している。

一般的な表記は「障害」であるが、文字「害」の持つ意味が妥当でないとの考え方から「障碍」という表記を推進する立場がある。「碍」は妨げる、邪魔をするという意味で、電線を電柱に固定する場合に使用される絶縁器具を「ガイシ(碍子)」というが、普段は見かけない字だ。「碍」は常用漢字ではないので、「障がい」と混ぜ書きにする場合もある。どの表記を用いるかが、筆者の「立場」を表していると捉えられることがあるので、書く方はずいぶん気を使う。

私が関心を持っているのは、英語ではdisability、impairmentなど異なる語で表される複数の概念が、なぜ日本語では「しょうがい」と一括りにされるかということで、「しょうがい」という言葉の表記には関心がない。「害」の字を避ける態度は、数字の4を避ける態度と共通のような気がするので、他人の趣味として尊重するが、私はこだわらない。しかし、患者から「仏滅の日に手術を受けたくない」と要望され、手術日を変更するように、他人が嫌がるとわかっていることをあえてする趣味もない。そこで、以下では「障がい」と表記することにした。

著者の細田は星槎大学副学長で、社会学を専門としている。冒頭、タルコット・パーソンズの病人役割を紹介する。これは1951年にパーソンズが定式化したもので、「病気になることは通常の社会的状態からの逸脱であるので、病人は、できるだけすばやく病気を治して通常の状態に戻ることが、社会によって期待されている」とする理論である。古めかしい理論ではあるが、現在でも一定程度通用する理論である。この考えは社会的規範として、患者や障がい者にも内面化されている。細田は、慢性疾患を抱えた病人や障がい者が自己否定するような感情をもつのは、内面化された規範のためだと説明する。

細田は、そのような内面化された「病人役割」を乗り越えて声を上げた患者たちを紹介している。その中で印象的だったのが横塚晃一についての記述だ。
日本にも、1970年代に大きな社会的関心を呼ぶ障がい者運動がありました。その発端は、1970年に横浜市で起きた、二人の障がい児の母親が下の子をエプロンで絞殺するという痛ましい事件でした。地元を中心に、この母親の減刑嘆願運動が展開されました。それに対して脳性まひ者の団体「神奈川青い芝の会」は、この母親に対する減刑運動に反対したのでした。
青い芝の中心的人物は、横塚晃一氏でした。横塚氏は1935年、埼玉県において脳性まひで生まれました。「泣きながらでも親不孝を詫びながらでも、親の偏愛をけっ飛ばさねばならない」(横塚)という言葉は、障がい者運動のスローガンともいえるようなものとなりました。(273ページ)

障がい者との共生は実現させなければならない。慢性疾患患者も同様であるし、高齢者も同様だ。社会の成長のみを追及する「労働力」「生産性」「効率性」中心の社会構造を変えねばならない。そのためには、「生産性」などに頼る生き方を捨てねばならないので、障がい者、慢性疾患患者、高齢者にもそれ相応の覚悟がいるということなのかもしれない。

浅見昇吾:編『死ぬ意味と生きる意味―難病の現場から見る終末医療と命のあり方』(上智大学出版)を読了した。本書は上智大学で行われた輪講形式の社会人講座「死ぬ意味と生きる意味 ~難病の現場から見る終末医療と命のあり方~」の記録である。奥付によれば、編者の浅見は上智大学のドイツ語学科教授で、上智大学生命倫理研究所所員、上智大学グリーフケア研究所所員となっている。ドイツ文学ではなく、ドイツ哲学を専門にしているように思える。

本書は講座の「記録」であり、講師が提出した原稿をそのまま(必要最小限度の編集で)掲載しているのだろう。そのため、各章の差が大きく、非常に癖が強く読みにくい章がある。「記録」としての書籍の出版にも重要性を認めるが、講座の成果物として、講座で積み上げられた知識を社会に還元するために出版するのであれば、しっかりした編集をおこない、読みやすく理解しやすい本に仕上げるべきではないかと思う。

文章を書くのは難しいと思う。とくに相手に飽きずに読んでもらえる文章を書くのは難しい。無意識のうちに一般的でない語を使ってしまったり、思い込みで必要な説明を省いてしまったりする。また、文の調子が書いているうちに変わっていってしまうこともある。書きながら、あるいは書いた後で、客観的な目で批判的に読み直すと、驚くほど多くの訂正箇所を見つけることがある。「客観的な目で批判的に」というのは、言うのは簡単だが、実際にはそんなに簡単にできるものではない。もともとそのような才能を持っている人もいるだろうが、たいていの人は訓練を必要とする。

本書に寄稿した講師たちには文筆家もいれば、そうでない人もいる。文章を書く訓練を受けていない人に高い水準を要求するのは酷だろう。私は、プロの編集者を入れるべきだったと考える。

本書の第7章は入江杏『病と障害の母を看取って―曖昧な喪失と公認されない喪失』であった。入江の肩書きは「文筆家」である。どこかで見たことがある名前だと思いながら本文を読んで「あっ」と思った。世田谷で2000年12月30日に起きた一家殺人事件被害者の親族だった。

この事件については、齊藤寅『世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白』(草想社)という本を読んだことがある。さまざまな凶悪事件の報道に接すると、なぜ私と同じ人間である犯人が、そこまでな凶悪なことをできるのかを知りたくなる。これは好奇心というより、自分の心の中にも同じような闇が潜んでいるのではないかという恐れであり、その闇について少しでも予備知識を得ておきたいという必死の気持ちでもある。『世田谷一家殺人事件』を書店で見かけたとき、そのような気持ちで購入した。齊藤によれば、これは外国人の犯罪者グループが力の誇示のために起こした事件である。彼は複数の犯罪者グループが成果を競いあっている状況を突き止め、犯行メンバーに接近した。そして犯行の詳細を知ることができた。

本では犯行の様子が、犯人の視点から詳しく記述されている。2006年に刊行された本なので、読んだのは7年ほど前のことになるが、今でも内容をよく覚えている。犯行を追体験したような気がする。入江の文で「世田谷」の語を見たとたんに、犯行の情景がよみがえってきた。私にとってこの事件は、ある意味で「経験した」事件なのだ。

入江の文を読み進むうちに、心がざわめき、ときどき本から顔を上げて休まなければならなかった。2000年の事件で妹一家を惨殺された入江は、2010年に当時60歳だった夫を大動脈解離で失い、2011年には母を失っている。彼女の苦しみを私が理解することはないだろうが、私も私なりの苦しみを感じた。

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