阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

2013年04月

岩田誠・河村満:編『神経文字学―読み書きの神経科学』(医学書院)を読み進める過程で気付いたことを書きたい。

本書は日本語の、主に読み書きについて取り扱った本だ。だから、アルファベット圏での文字認識についての記載はなく、日本語との比較もない。しかし、読み進めるに従って、アルファベット圏ではどうなのだろうと言う疑問が非常に大きくなってきた。

脳梗塞や脳出血などの脳の病気の後に言葉が話せなくなったり、分からなくなったりする症状が出ることがある。失語症と呼ばれる状態である。日本人の失語症では、仮名と漢字で症状の出方が異なる症例がある。特に、仮名の読み取りが障害されるのに、漢字の読み取りは障害が軽い症例があり、音を処理する部分が障害されたために、音と密接に結びついた仮名の読み書きが障害され、意味が分かれば良い漢字の読み書きの障害が少ないのだろうと推測されている。では、アルファベットではどうなのだろう。日本人が英語を読む場合、「eye」という綴り全体を見て「目」と認識している可能性がある。大昔になるが、学生の頃、綴りを一字一字覚えるのではなく「目と鼻のある形」として「eye」を覚えろと書いてあった雑誌記事を見たことがある。

英語のマンガは、セリフが手書きで、しかも全部大文字で書いてあるのが普通だ。最初全て大文字の文章を読まされると、私もそうだったのだが、慣れるまでうまく読めない。それこそ「EYE」と書いてあっても「目」だと思いつかない。「NIGHT」と書いてあるのを見て、意味が分からず、1文字ずつ追って「あ、nightだ」と気づいたことを覚えている。これは、単語をアルファベットの連なりとして認識しているからではなく、「字面」として認識しているからではないか。また、外国人の場合でも、綴りの途中の文字の順序がめちゃくちゃでも(場合によってはそれと気付かずに)読める(4月2日のブログで取りあげたワインチェンク『インタフェースデザインの心理学』を参照)。また、アルファベットを使う言語では、語と語の間を切り離して、語としてのまとまりを際立たせようとする。短い単語は、漢字と同様に一塊として認識されているのだろうか。それとも、大文字でも小文字でも同じとして認識されるのであれば、やはりアルファベットの連なりとして認識されているのだろうか。今後、英語などの失読症に関する文献を読んでみなければならないだろう。

本書を読んでいて、読むことと聞くことの差異があまりはっきりと論じられていないことに不満を感じた。話すことと書くことの差異は小さいのではないかと思う。頭の中に音ができて、そこに正書法の規則(格助詞の「を」や「は」の使用法など)が適用されて文字になる。頭の中にできた音が発音器官を制御する方に送られれば声になるのだろう。

それに対して、読むことと聞くことは全く別物だ。読む場合は印刷された(あるいは、書かれた、表示された)文字列を読むので、先読みや読み返しが可能である。また、ある程度時間をかけて読み取ることができる。しかし、聞く場合はそうは行かない。音はどんどん消滅して行くので、聞いた音を一時記憶に蓄積しながら、適当な長さになったら意味を切り出すと言う処理を、逐次的に行わねばならない。従って、失読症と聴覚失認では、病態が全く異なると予想される。その点についても、今後文献を調べてみなければならないだろう。

この本を読んで、分かったことより分からないことに気付いたことの方が多い。それは結局、私には大きく役に立ったと言うべきことなのだろう。

岩田誠・河村満:編『神経文字学―読み書きの神経科学』(医学書院)を読み進めている。この本は、複数の著者が神経文字学に関連するトピックについて書いた総説を、神経文字学の草分けである編者がまとめたものである。従って、一貫したストーリーがあるわけではなく、書き方も一定の医学知識を前提としたものになっている。

私がこの本を購入したのは2007年のことだ。興味を持ち購入したのだが、後回しにしているうちに、すっかり忘れていた。ところが、ワインチェンク『インタフェースデザインの心理学』の脚注にこの本が取りあげられていたのだ。翻訳本の脚注に日本語の本が取りあげられているのだから、翻訳者が読んだものだろう。勉強家の翻訳者であると感心すると同時に、購入していたことを思い出し、引っ張りだして読み始めた。

さすがに、失読や失書といった神経疾患を専門に研究している人達が作った本だけあって、非常に詳しく、知らなかったことが多い。内田樹や養老孟司の本で、日本語話者の場合、仮名と漢字を処理する脳の部分が異なるという話が出てくるが、出典が明らかにされていなかったので不安があった。この本で確認して安心した。仮名と漢字の脳内での扱われ方が異なることは、何と1901年頃から知られていたらしい。それから百年以上も研究が続けられているわけで、最近ではかなり詳しいことまで分かっているようだ。

序論で、岩田誠は自分が神経文字学と言う分野を提唱した経緯について述べているが、その中で、自らの仮説に付いても述べている。
[1983年開催の国際シンポジウムにおいて、筆者の発表に]Neurogrammatological Approachというサブタイトルをつけ、文字を操作する脳内機構の研究は1つの独立した研究分野になるということを示そうとした。その講演の中で、筆者は“神経文字学”とは、「脳機能との関係から文字を操作する能力の体系を比較研究する分野である」と定義し、同時に、日本語の読み書きの神経機構に関して、後に読み書きの二重回路仮説と呼ばれるようになる仮説を提唱した。(1ページ)

しかし、この序論ではこの後に二重回路仮説の説明が無い。引用文では省略したが、実は引用部第1文の最後には引用文献の番号があり、1985年刊の英文図書を指している。今まで数多く読んできた一般向けの新書と比較するわけには行かないだろうが、かなり不親切な感は否めない。神経内科医を対象読者として想定しているのだろう。

序論で勉強になったのが、文字体系の分類だ。私は今まで、アルファベットや仮名は表音文字、漢字は表意文字だと思っていたが、専門的な分類は違うらしい。

表意文字(ideogram)とは事物の概念を記号的に表す文字で、絵画性も音価も無い。現在用いられている記号のうち、表意文字と言えるのはアラビア数字のみだそうだ。それ以外の文字は話し言葉を正確に記録するため考案された記号で、表語文字(logogram)と呼ばれる。
話し言葉は、語レベルと語音レベルの2段階の分節から成り立つが、現代の文字も、大きくこの2つの分節レベルに対応した2種類の文字に分類される。語レベルに対応する文字は形態素文字(morphogram)と呼ばれ、語音レベルに対応する文字は表音文字(phonogram)と呼ばれる。[中略]日本語の漢字は典型的な形態素文字である。(8ページ)

話し言葉の語音レベルは、さらに音節と音素の2つのサブレベルに分けられる。この2つのサブレベルにそれぞれ対応して、音節文字(syllabogram)とアルファベット(alphabet)がある。音節は聞き取りが可能な語音の最小単位であるが、日本語の場合は正確には音節ではなく拍(mora)が最小単位となっている。仮名文字は、この拍とほぼ正確に1対1対応をする文字である。(8ページ)

さらにアルファベットはアラビア語やヘブライ語のように子音だけを表記する子音アルファベットと、母音を含んだ母音アルファベットに分けられるそうだ。

私は、言語について比較的強い興味を持って本や文献を読んできたが、このような分類について全く知らなかったというのは、文字学方面の、特に世界の文字に関する資料を見てこなかったからなのだろう。

私は自分のことが一番分からない。「私はこんな人間だ」と思っていても、全くそうではないことがあるし、「私ならこうするだろう」と思っていても、実際にその場になると別のことをする場合もある。様々なバイアスがかかって、自分に対する「客観的」な判断ができない。

昨日のブログで『悲しい話』という絵本を取りあげ、読むと泣きそうになると書いた。なぜそんなに感情が揺さぶられるかと言えば、自分の息子を亡くすことを想像するからだ。体験すると言っても良い。私は、本を読む時、絵本や小説であれば客観的に読むことができず、その世界に没入してしまう(その方が得だと思っている)。勿論、下手な文章では没入できないが、ある程度以上の水準であれば没入できるらしい。というのも、以前そこそこ面白いと思った本を友人に貸したところ、「つまらない。構想が貧弱だし、だいいち文が下手だ」と言われたことがあるからだ。インターネットを題材にした小説で、確かに少し都合の良い設定もあるが、私の水準はクリアしていた。きっと私には小説や絵本を120%楽しむ能力があるのだろう。

私は、『悲しい本』を何度読んでも、主人公の悲しみを私の悲しみとして捉えてしまう。現実にはゲームに興じている息子が私の横にいるにもかかわらず、「息子を失った私」になってしまう。そんな時、私は、もし私が実際にそんな立場になったら、その悲しみにどっぷり漬かることを選択するのではないかと思う。悲しむことは、悲しんでいる本人にとっても辛いことだ。周囲もそんなに悲しんでいるのを放っておけないだろう。「早く悲しみから立ち直ってほしい。あなたには残された家族がいるのだから」と言うのが普通だ。しかし、私はその時「悲しみから立ち上がらない」方を選択するのではないかと思ってしまう。昨日のブログに「『抜け出したくない』と思っている可能性すらある」と書いたのは、そんな思いがあってのことだ。

人が何か選択をした場合、その選択が健全な判断力のもとに行われた「健全な」選択なのか、一時的な精神の変調によって行われた「間違った」選択なのかは、勿論明確な基準をもって判断することができない。一般論としてはある程度の判断が下せても、個々の人間には当てはめ難いこともあれば、そもそも一般論としての判断ができないこともある。

自ら診ていた女子大生患者の自殺を契機に精神科から救急科に転向した医師がいる。北里大学中毒・心身総合救急医学講座特任教授の上條吉人だ。彼は医療者向けサイトM3の記事(http://www.m3.com/sanpiRyouron/article/159518/)の中で、救急外来に搬送された自殺未遂の患者に対する医療者の扱いが冷淡だと嘆いていた。実際、医師に自殺リスクのある患者が自殺した場合、医師の責任が問われるかを医師に聞いたところ、59%の医師は「責任の範囲外」と回答している(http://www.m3.com/sanpiRyouron/article/162149/)。それに対し、上條は、医師にも責任があるという立場から「救命救急センターで、多くの自殺企図患者を診療する立場としては、しばしば、せっかく精神科医療機関にかかりながら、どうしてこんな自殺のリスクのある患者を入院させずに、外来で診ていたのかと思うことがしばしばある。そういう時、きちんと自殺のリスクを評価できなかった医師に本当に責任はないのだろうかという思いはある」と述べている。
うつ病による自殺は、うつ病がコントロールできれば避けられるものであるため、疾患により正しい(患者本来の)判断ができずに誤った行動をしたものと分類できる。何が正しいのかは、患者を治療すれば分かる。また、自殺未遂の治療に当たる医師は「自分で死のうとしたのだから」という捉え方をせずに、「病気によって死にかけた」と考えて身体の治療に当たるべきだろう。

『自死という生き方』という本を残して65歳で自殺した、須原一秀という哲学者がいる。彼は30代から自殺について考え、64歳頃から自分の最後を決めていたようだ。私は彼の本を読んではいないのだが、彼の自殺は「間違った」判断なのだろうか。もし間違っているなら、どこで、いつ、どのように間違ったと言えるのだろう。今や答えは彼の著作の中にしかない。

人は失敗から学ぶ。しかし「あの時、死んでいれば良かった。失敗した」と後悔して学ぶことはできるが、「あの時、死ぬんじゃなかった。失敗した」ということはない。それならば、後悔できる方、つまり生き続ける方を選ぶのが、一般論としては良いと言えるが、「もう学ぶ必要は無い。成長も不要だ」と思い詰めた人間には効果のない議論だ。

親しい人を亡くしたり、自分に大きな障害が起きるなど、大きな喪失体験があった場合、人はその悲しみのエネルギーにより、何かの作業に打ち込むことがある。よくグリーフワーク(grief work、喪の作業、悲哀の作業などと訳される)と呼ばれる。

先日、「いびらのすむ家」という絵本の存在を知り、取り寄せて読んだ。「いびら」とは、家に住む、人には見えない、家の守り神だそうだ。この絵本は、作者である吉田利康が、白血病の妻を家で看取る話を綴ったものだ。子供向けの絵本になっているので、重い主題にもかかわらず、温かで優しい本だ。物語には色々註が付いるので、在宅看取に関連した事項が学べるようになっている。巻末には「この絵本を手にしたあなたへ」というページがあり、在宅ホスピスについてのメッセージが掲載されている。全体を通しての印象は、絵本というより「副読本」だ。

吉田の妻は看護師だった。急性骨髄性白血病を発症し、化学療法などを行ったが緩解に達することができず、1999年に亡くなった。亡くなる前、自宅での生活を希望して退院したが、当時は在宅での看取りに付いてあまり情報がなかったため、吉田は随分奔走し、苦労したらしい。現在、吉田は在宅ホスピスを支援するNPO法人「アットホームホスピス」(http://athomehospice.net/index.htm)を運営している。

注文した本とともに、NPO法人の機関誌、吉田の対談が掲載された雑誌のコピー、新聞記事のコピーなどが送られてきた。それらに目を通していると、非常にしっかりとした活動を継続していることが分かり、感心した。活動に興味を持ち、訪問してみたい気持ちになったが、所在地が兵庫県西宮市のなで、学会のついででもなければ気安く訪れることはできない。このような活動をしている人は他にもいるのだろうが、情報の収集はなかなか難しい。今後も地道に調べて行くしか無いだろう。

アットホームホスピスのホームページには、活動のきっかけがこう述べられている。
1999年、急性骨髄性白血病で亡くなった妻の「もしもこの病気がよくなるのなら、同じ病気の人の話し相手になりたい」という遺志を受け継ぎ、2002年から市民活動を始めたところに出発点があります。(http://athomehospice.net/athome_003.htm)

吉田の一連な活動は、妻を亡くしたことに対するグリーフワークなのだろう。このように多くの人の役に立つ活動をグリーフワークにすることができたのは、吉田の性格によるのだろう。

グリーフワークと言うと、マイケル・ローゼン作、クェンティン・ブレイク絵、 谷川俊太郎訳の 『悲しい本』(あかね書房)を思い出す。
作者のマイケル・ローゼンは最愛の息子を失ったひとりの男(ローゼン自身かもしれない)の、どうにもならない悲しみを、悲しみの溺れない詩人の目でみつめる。そしてそういうひとりの男の姿を、クェンティン・ブレイクは共感とともにユーモラスに描きだす。(カバーに印刷された谷川俊太郎のことば)

2004年12月に出版され、テレビなどで随分話題になったようだ。私はこの本を偶然見つけ、ストレートな題名に惹かれて手に取った。そして読み始め、泣き出しそうになり、慌てて本を閉じ、レジに進んだ。この本はローゼンのグリーフワークではないか、と私は思っている。絵を担当したブレイクは、映画「チャーリーとチョコレート工場」の原作者として有名なロアルド・ダールの本の挿絵を描いている画家だ。彼の絵も良い。何とも言えず良い。寂しさ、悲しみが、まるで固体であるかように体に当たってくる。

先日、病院で亡くなった患者の家族から大部の手紙が送られてきた。手紙と言うより「手記」と言った方が良いかも知れない。病気の経過を、他院での経過も含めて、詳細に記述してあり、筆者の感想が加えられている。あちこちに病院への質問とも苦情ともとれる(あるいは著者の自問ともとれる)文が差し挟まれている。事務方から対応について相談を受けたのだが、これは残された家族のグリーフワークなのだろうと思った。

知人の弁護士に訊いたところ、1年に数件そのような文書が相談の対象として持ち込まれるとのことだ。そのような文書の筆者としては、親のアパートを相続した息子など、仕事らしい仕事を持たず、親の財産に経済的に依存した子供の場合が多いと言う。親との結びつきが強いだけに、死を迎えたときに気持ちが過去へ向かい、後悔や怨嗟にとらわれるのだろう。私が相談を受けた患者家族がどのような人かは知らないが、誤解を解き、前向きに考えられるように支援して行きたい。

様々なグリーフワークがあり、社会的活動に向けられることもあれば、勉強や仕事など個人的な作業に向けられることもあり、医療に対して非難という形で向けられることもある。実際、病院に来た研修医に医師を志した動機を訊くと、近親者の死や大病をきっかけとしたものが毎年いる。そのような生産的なグリーフワークは、本人の満足感も得られ、良い心理状態をもたらすだろうが、他責的行為をグリーフワークとして行うと、満足感が得られることはなく、苦しいばかりではないかと思う。ネガティブなグリーフワークからは早く抜け出すことが良いように思うが、どうするかは本人次第であり、「抜け出したくない」と思っている可能性すらあるのだ。

知っていることと、分かることと、できることは違う。そんな当たり前の話を、今日は念のためしておきたい。

我々が「現在」と意識している時間が実際には「過去」であることを、私は知っている。だから、未来が見えるように思うこともあるし、先回りされてしまうこともあるということが、私には分かる。しかし、相手の「現在」に先回りして、技をかけたりすることは、私にはできない。私はこの現状に満足している。

「人に触れないで投げることができる人がいる」という話を聞き、その人に会ったことがある。その人は合気道の創始者、植芝盛平の甥に当たる方で、当時は井上鑑昭と名乗っていた。彼が話していたことだが、体に触れないで投げると言っても、素人を投げることはできない、稽古を積んだ人であればあるだけ、投げるのは簡単だという。稽古を積んだ人は、ある条件に反応して体が動くようになっている。だから、特定の条件を与えると、体が飛んで行ってしまうと言うのだ。確かに、刀で切られそうになったとき、素人はそのまま切られてしまうのだろうが、修行を積んだ人は素早くよけ、さらに攻撃までするのだろう。だから、その上を行く人ならば、修行を積んだ人の体を操ることが可能なのだろう。逆にいえば、井上は1つ上のレベルにいる、あるいは時間的に言えば、相手より相対的な未来を生きていることになる。「相手が打ってくるのではない。相手に打たせているのだ。相手が打ってきたときには、もう既に勝っている」と言っていた。

相手が打って、それを受けて攻撃することで、結局相手を防御に回らせることを「後の先」と言うが、内田が『死と身体』で述べた「先の先」とは、井上の言っていたことだろう。見た目には相手が先に攻撃してきたように見えるが、実は攻撃するようにしむけられただけで、既に先手を取られているのだ。
「後の先」というのは、相手の動き出しより遅れて起動しながら、相手が動き終わるよりも早く動きが終わるということです。よく西部劇の決闘シーンで、早撃ち自慢のガンマンが相手に向かって「お前から先に抜け」と言いますね。相手に先に仕掛けさせて、それを制する。それが「後の先」です。
植芝先生は「合気道は『先の先』です。でもみなさんは、『先の先』ということばの意味はわからないでしょうけれども」と言って、それきりそのことばは使わなかったそうです。[中略]
「先の先」というのは、勝負ではなく、いわば一方的な「殺戮」です。だから植芝先生は合気道は「先の先」だけれども、それは教えてはいけないとされて、そのことばは合気道では封印されていると多田先生から教わったことがあります。(『死と身体』132ページ)

井上の若い頃を知っている人から逸話を聞いた。昔は他流試合(道場破り)が結構あったそうだ。ある時、剣道の「先生」が他流試合を申し込んできた。井上は相手に真剣を持たせ、自分は木刀を持って道場で対峙した。ところが「先生」はかけ声だけで一向に打ち込んでこようとしない。すると井上は、「ではこちらから行くぞ」というなり、つかつかと歩み寄って、木刀を相手の頭に振り下ろした。相手は血まみれになり、本当に恐ろしかったと、その人は語っていた。井上ほどの人物になれば、相手を動かすことも、動かさないことも、思いのままなのだろう。

私は、自分の専門領域でないものは、知っているだけで満足である。例えば物理学で言えば、ニュートン力学と、一般相対性理論の枠組みを知っているだけで満足である。また、不確定性原理について、結果だけ知っていれば満足である。それだけでその問題は「片付いた」と言える。全てを知り、理解することはできない。ならば、「答えがある」「解法がある」という、言わばメタ知識(知識の知識)を持つことで満足するのは、ある意味で身の程を知った対応と言えないだろうか。

しかし、自分の専門分野であれば、そうはいかない。知っているだけではならず、できなければならないことが多い。例えば、癌などの病名を告げる際に、相手に与えるショックを軽減し、その後の精神状態をサポートする技術は、知っているだけでは役に立たず、実際に使えなければならない。一般に、専門領域に関しては、方法を知っているだけではだめで、方法の使い方を熟知していなければならず、さらにその方法が実践できなければならないはずだ。内田は武道家なので、私のようなメタ知識では満足できず、実際に時間を繰れる技を身に付けたいのだろう。

身体能力が高くないのを自覚している身としては、自分に要求されるのが「先の先」を取ることではなく、患者と気持を伝え合う「コミュニケーションスキル」であることに安堵を覚える。

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