著者は、ヒトに近縁な種も第二の遺伝システムを持っているかどうか考察している。アフリカのチンパンジー研究では、「持っていることをうかがえる気配は、いくらかある(253ページ)」という。チンパンジーの集団ごとに、独自の行動特性を複数持っているのだ。
このような違いは、単純に生態学的な観点や遺伝学的な観点からは説明できない。飼育下の集団で行動が社会的に広がることはわかっているため、現在では一般に、野生の集団間で行動のこうした多様性が見られるのも、少なくとも一部は社会的に維持されている伝統だからだという考えが受け入れられている。言い換えれば、チンパンジーは一種の文化を持っているということだ。(253ページから254ページ)

第二の遺伝システムを強力に支えるのが、ヒトの成長パターンだ。生物界では異例のパターンと言える。ひとつには、生殖年齢を過ぎても生き続け、孫の生育に関わり、文化を伝達すること、もうひとつは思春期の存在だ。
動物の生活環では一般に、成長が最初は著しくてのちに遅くなるという特徴がある。だがヒトでは、小児期に成長速度が緩やかになった状態が何年も続いたあと、思春期に再び骨格が急激に成長するのが特徴だ。[中略]

脳の大きさや基本的な構造は、ヒトでは若年期までに整うが、思春期の期間を通して皮質灰白質は薄くなり、白質が増加する。脳のこうした変化に沿うように、思春期の若者の心は次第に行動を制御できるようになる。すなわち、意識を集中することがうまくなり、自制ができるようになり、誘惑に抗えるようになる。[中略]大人レベルの制御力は、思春期が終わるころ、つまり肉体的な成長が終わるころに達成される。(324ページ)

ヒトは成長、成熟を遅らせ、子宮外で成長する期間を延長することによって、第二の遺伝システムを強化したのだ。著者も認めるように、ヒトは幼い形のまま成熟する「幼形成熟(ネオテニー)」である可能性は高い。おまけにヒトは未熟児で生まれ、家族の庇護のもとで成長する。そのようなことすべてが、出産後に時間をかけて知的能力を完成させるというヒトの特性を支えている。