関原の父親も癌サバイバーだったが、晩年に下咽頭癌にかかり、大学病院の耳鼻咽喉科で治療を受けた。そこでの診療が、国立がんセンターでの診療とあまりに違うことに、関原は愕然とし、釈然としないものを感じた。この本では、大学病院で疑問に感じたことを3つに整理して述べている。
第一に、主治医の助教授が病室に現れることが少なく、最後まで直接話をする機会がほとんどなかったことである。大学病院である以上、助教授ともなれば治療のほかに教育や研究などもあって多忙なのは仕方がないのかもしれないが、国立がんセンターで主治医が毎日毎夕、週末であっても欠かさず診療に訪れていたのとはまったく異なっていた。(234ページ)

1990年のことで、今から四半世紀も前のことであるから、医療事情は現在とは大きく変わっている可能性は否定できない。また、私は大学での診療と縁が切れているので、現在の事情はあまり知らないのだが、実はあまり変わっていないのではないかと思っている。

大学のスタッフの業績は基本的に論文によって評価される。有名な雑誌に論文が掲載されればされるほど評価が上がる。彼らにとって論文を書くということは最重要の仕事である。また、大学の上級スタッフには学会の運営という仕事もあり、それもまた重要で、場合によっては非常に多忙となる。そのようなこともあって、臨床業務がスタッフにとって最重要の仕事ではない可能性がある。また大学では入局年次や職層によって分業体制が敷かれているのが普通で、入院患者の術後の診療は下位のスタッフの仕事である。関原は「日々の診療行為や患者との対話は、主治医の代わりにいつも30歳代に満たない若い医師一人に任されてしまう(234ページ)」と書いているが、少なくとも当時はある意味では当然のことだったのだ。

主治医との密接な関係を望むのであれば、そもそも大学病院を選択することが違っていると思う。