小野沢滋は別の記事「在宅医療の役割分担」で「私は、在宅医療での医師の役割を、土台のようなものだと思っています。家の土台は、必要な時には力を発揮しますが、必要ない時には、あるのかないのかすら分かりません(99ページ)」と述べている。この考え方には私も同意する。また彼は「在宅医療に携わる医師は、時に聖職者に似た役割も求められます(100ページ)」とも述べる。これもその通りだろうと思う。聖職者に似た役割とは、悩みを受け止め、苦しみに寄り添うことを指すのだろう。末期の患者を受け持てば、患者や家族の悩みを聞き、受け止めることになる場合も多い。だが、これは在宅医療に携わる医師だけではなく、すべての医師、すべての医療者に求められることだ。さらに言えば、すべての人が養い備えるべき能力なのだ。

たとえば、自分が悩んでいるとき、友人に相談できるのが理想だ。他所に行って喋ってしまうような友人でなければそれだけでいい。ただ聞いてくれるだけでよく、有用なアドバイスなどくれなくてもいい。また逆に友人から相談を持ちかけられれば、アドバイスなどせず、傾聴し、寄り添う。このような関係が周囲にあるのが理想だろう。医療者の「聖職者に似た役割」というのは、単にこの延長上にあるものにすぎない。傾聴し、寄り添うという態度は、すべての人が涵養すべきものだと思う。

彼は「医師は他の職種の能力を高め、全体をコーディネートする役割を求められているのではないか」と考え、「一般的な慢性期の在宅医療において、最も力が必要とされている職種は、間違いなく介護職です。在宅で活躍する代表的な介護職は、ホームヘルパーとケアマネジャーです(101ページ)」としている。私は、在宅高齢者の医療必要度を考えると、もっとも力が必要とされるのは(訪問)看護師ではないかと考えている。以前にも書いたが、今後看護師が医療のゲートキーパーの役割を担うようになるのではないかと予想するからだ。