岩田健太郎:編『診断のゲシュタルトとデギュスタシオン』(金芳堂)を読了した。面白い本だったが、なぜこのような書名を付けたのかと疑問に思う。これは岩田の「遊び」なのだろうか。

ゲシュタルトはドイツ語で「姿形、人影」という意味だが、学術用語としては「ゲシュタルト心理学」のように、全体を分割せずひとまとめとして捉えるという意味で使われる。

デギュスタシオンはフランス語で「味の鑑定、利き酒」という意味だそうだ。ワインやフレンチには縁がないので知らなかった。ギュスタシオンに「味わうこと」という意味があり、「デ」は「反対、否定」などを表すので、「味わうことにより分けてゆく(ばらばらにしてゆく)」という意味になる。

このような「気障な」書名を付けたことでかなりの読者を遠ざけているのではないだろうか。私の関知するところではないが。

「腸アニサキス症」の項を読んで、少し考えるところがあった。よく知られていることかもしれないが、アニサキスは北洋の海棲哺乳類の胃に生息する寄生虫である。糞とともに排泄された虫卵は幼虫となってオキアミの体内に入り、オキアミを食べる北洋の魚介類の体内に取り込まれ、そこで海棲哺乳類に捕食されるのを待つ。それらの魚介類を生食すると、アニサキスの幼虫が人間の胃壁や腸壁に潜り込んで激しい痛みを生じる。

日本での最初の報告は1965年と新しい。
古の時代より魚を食べてきた日本では、病気の存在自体は把握されていたはずですが「サバに当たった」などとして、病名がつくほど確立したものはありませんでした。(279ページ)

病気が恐ろしいのは命を奪われるからで、このように放置すれば自然治癒する「病気」は、従来適当な名前で呼ばれ軽んじられてきたのだろう。現代になって病因が解明されたのは、全身麻酔による外科手術がどこでも安全にできるようになり、強い腹痛に対して「試験的開腹」ができるようになったからだと推測する。この項を分担執筆した窪田忠夫は「多くの疾患は医学の進歩とともにより負担のかからない治療法ができてゆくものですから皮肉と言えます」と言う。

アニサキスはすべてのサバにいるわけではない。北洋のオキアミにいるものなので、北洋で獲れた魚や北洋に回遊する可能性のある魚以外にはいない。「種類だけでなく産地まで聞かなくてはなりません」と指摘するが、腹痛で外来を訪れた患者がサバを食べていたからといって、「どこ産のサバですか?」と訊いて答えられることは少ないだろう。