季刊誌「The Mainichi Medical Journal」2014年3月号に掲載された井上清成の連載記事「弁護士が語る医療の法律処方箋」の54回『医療事故調の届け出範囲―医療「事故」は医療「過誤」と全く別物』について書きたい。この記事はMRICに転載されているので雑誌によらず閲覧可能である(http://medg.jp/mt/2014/03/vol75.html)。

井上は以前から厚労省案に対して反対してきた。以前のブログでも取り上げたが、再発防止と責任追及が区別されずに扱われていること、不可抗力による副障害であっても責任追及に使われる可能性があったことなどがその理由だ。しかし、今回閣議決定された「医療法改正案」は、その点がかなり整理されたらしい。井上は次のように述べている。
それまで「原因究明と再発防止」が一体化していると反対していた日本医療法人協会(会長・日野頌三)が、「今回の案は、運営の在り方をきちんとしていただければ、いいものになると思う。医療安全に重点を置いて、この案をうまく育てれば、病院のレベルが上がる。」として支持に回ったのは、象徴的であったと言えよう。

井上が直接述べているわけではないが、日野の判断が彼自身の判断と共通していると見ていいだろう。

彼は、本法律案で、中央第三者機関への届出や院内調査の開始の対象が「予期しなかった死亡」とされていることを強調している。「死亡」が予期されたかどうかのみが問題とされ、死亡の 「原因」については考察の対象外となったことにより、かつての第三次試案や大綱案の頃に存在した「医学的に合理的な説明ができるかどうか」という要件がまったく不要になる。
「予期した」か「予期しなかった」かだけが問題となる。「予期しなかった」場合にも、予期が「可能であったか」どうかは、全く関係ない。「過誤」「過失」つまり、「予見可能性」、「誤り」などが関わるところとは概念が異なる。現に、第三次試案や大綱案の頃に存在した項目(行った医療の内容に誤りがあるものに起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産)は、今回の改正法案には存在していない。つまり、過失とか無過失とかには関係のないものと なったのである。

そして、「予期しなかった死亡」は、専ら医療安全の観点から定義されねばならない。

しかし、ここで「誰が」予期しなかったのかが問題となる。井上は患者側か医療側かで大きく分け、さらに医療側については当該医療機関と中央第三者機関に分ける。医療安全の観点から考えるのであれば、患者側が予期していたかどうかは無関係で、医療側が「予期しなかった」死亡を届出し、調査することになるとする。そして、中央第三者機関が「予想する・しない」という議論は仮定に基づくものとなり、実証的な意味が無いので、当事者が予想しなかった死亡を届けるべきで、「院内調査中心主義」であるとしている。
中央の第三者機関への届出、そして、院内事故調査委員会による調査が要求される対象範囲は、当該医療機関自身が現実に予期しなかった死亡事例であり、また、これに尽きる。死亡原因云々、医学的に合理的な説明云々、予期の可能性云々、誤りや過誤云々、患者・遺族の予期云々は、いずれも全く関係ない。

法律家がこう保障してくれるのだから心強いが、現場には抜きがたい司法不信がある。日野が「運営の在り方をきちんとしていただければ」「この案をうまく育てれば」と条件をつけて賛成しているのを見ても、今後の動向に注目し、きちんと声を上げていくことが必要だろう。上のように言い切っている井上も、本記事の最後でこう述べている。
医療法が改正されれば、次は、厚労省令(医療法施行規則)の改正とガイドラインの作成が進む。もちろん、法律による行政の原理(行政は法律に従わねばならないという法理)からして、省令や要綱が法律に違反してはならない。医療現場の真の医療安全のために、責任追及と峻別された省令・ガイドラインとなるよう、今後、医療現場の皆はきちんと意見を述べつつ、かつ、その動向を監視すべきであろう。