北原茂実『「病院」がトヨタを超える日―医療は日本を救う輸出産業になる!』(講談社+α新書)を読了した。北原は脳神経外科医で、東京都八王子市で病院を開設し、様々な意欲的取り組みに挑戦している。本書は、彼の取り組みについて、その基本となる考え方を説明した本だ。

北原は、患者家族が病院の業務にボランティアとして参加する仕組みを作り、ボランティアには院内で使用できる地域通貨を支払っている。彼の理想は、地域全体が医療に関わるようになる事で、そうすれば医療の質が担保され、医療費が抑制されると考えている。彼は、地域住民が医療を支えるのであれば、自分達が利用する医療の質を落とさないだろうと考える。また、医療費の多くの部分を人件費が占めるが、ボランティアが数多く参加すれば、人件費が抑制され、医療費が下がると考えている。

勿論、そのような仕組みは医療が自由化されていれば、よりうまく動く。従って彼は自由診療推進論者である。彼は、国民皆保険はもう役割を終えた制度であると断言する。国民皆保険を支える保険制度が円滑に機能するためには若年人口が多くなくてはならず、経済も右片上がりでなければならないからだ。現行の保険制度では、病気にかかりやすい老人の医療費を、病気にかかりにくい若年層が負担する事になるのだから、若年人口が減少してくると、制度的に破綻する。また、医療は進歩して行くものなので、医療費もそれに合わせて増大して行く。

現行の保険制度に対する彼の批判は、非常に厳しく、かつ説得力がある。現在の医療崩壊は保険制度の帰結であり、自由診療を解禁する事により、医療費は低減し、医療水準は上昇すると主張する。ただし、さらにその前提に国民の所得の正確な把握がある。
[所得を把握する仕組みを整備した上で]続いて、収入や資産に応じて自己負担する医療費の上限を3~5段階くらいで分けます。
これには十分なシュミレーションが必要になりますが、簡単にいえば「年収200万円以下の人は月額8000円まで」「年収5000万円以上の人は月額50万円まで」などといった分け方です。
それぞれ上限までは自己負担とし、上限を超えた部分は公金によって補填する。さらに、「全額自己負担するから最高の医療を」と希望する富裕層に対しては、その希望にかなうだけのサービスを提供して、全額自己負担してもらう。おそらく、これがもっともスマートなやり方でしょう。(117ページ)

ただし、彼は日本の保険制度がかつては優れたものであったことを認めている。日本が発展途上国であった時には優れた制度であったが、現在の日本にように成長期を過ぎた国には適合しないと主張するのだ。

そこで彼は、日本の優れた医療制度を輸出する事を提案している。現在、メディカルツーリズムの流行が注目され、国策としてメディカルツーリズムに力を入れる国々があるが、彼は医療の姿をゆがめる行為だと批判する。ある国がメディカルツーリズムで成功したとしても、その国の貧困層が医療の恩恵に与れる訳ではない。また日本がメディカルツーリズムに力を入れれば、顧客国の富裕層しか相手にせず、さらに相手国の資金を吸い上げることになる。彼は、医療制度を輸出した先の国の国民に医療の恩恵が行き渡るようにしなければならないと説く。

彼はその輸出先としてカンボジアを選択した。カンボジアはポル・ポト政権の時代に知識人の大量虐殺があり、内戦終結時の人口が1000万人であったのに、医師はたったの46人だったという(163ページ)。現在もその後遺症がひどく、医療は極端に立ち後れている。彼はそのカンボジアに医科大学と付属病院を建設するために奔走している。

彼の現状認識は正しいと感じるし、実践している事も注目に値する。しかし、彼の結論には一定の距離を置きたいと感じる。彼の構想があまりにも大胆だからだろうか。それとも、彼の以下のような発言に、違和感を感じるからだろうか。
実際、私は最高の医療を求める関東全域の中高年層(特に富裕層)が八王子に集まる時代が来ると確信していますし、その受け入れ態勢を一刻も早く整えようと努力しているところです。富裕層が集まれば地元に多くのお金を落としてくれるため、地域経済の活性化にもつながっていくでしょう。(58ページ)

これを読むと、衣の下の鎧が見えるような気がするのは、私自身の方の問題なのだろうか。