いささか古い記事だが、日経ビジネスオンラインの「キーパーソンに聞く」2013年9月13日配信の『40歳過ぎのランニングは「元気の浪費」―「患者リテラシー」の有無で健康寿命は決まる』(http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130910/253245/)について書きたい。インタビューの相手は岡本裕、聴き手は日経ビジネス副編集長の秋山知子である。岡本は、癌患者同士の情報交換や治療へのアドバイスを行うウェブサイト「e-クリニック」を12年前から運営している医師である。

岡本は、病気の治療には患者が自立し、何が正しく何が必要かを見極める力を持つことが一番大事であるとし、「医者というのは本来、活用するための存在」だと言う。全く賛成である。さらに彼は生活習慣病を治療する医師を批判する。
高血圧とか高脂血症、糖尿病など、いわゆる生活習慣病は本来は医者がいなくても自分で治せるんです。なのに、ずっと途切れずに通院してくれて、薬だの検査だのをずっと続けてくれるから医者にとっては実においしい患者なんです。
薬というのは一時の症状を抑え込むにはよいけど、それは病気が治ってるわけではないです。根本的な解決ではなく、問題を先延ばししてるだけ。本来、高血圧の薬をずっと飲みなさいと医者から言われた時に、違和感を感じるというのが患者の自立ということだと思います。なんかおかしいなと。

確かにその通りだろうが、岡本がそのような医者を「ダメ医者」と批判し、治療を受けている患者達を「おいしい患者」と批判するのを読むと、少し医師が可哀想になる。

岡本の考えは、基本的には正しい。例えば糖質制限ダイエットを批判し、人が炭水化物を摂取しない方が良いのであれば、そのように進化したはずだが、現実はそうなっていないと説く。また、記事の標題にあるように、40歳過ぎにはランニングは勧められないと言う。
自然界で自ら好き好んで走る動物は人間以外いないんです。それは、走るということが有害だからです。
もちろん敵から逃げるとか、獲物を追う時は走りますが、あくまで短時間です。2時間も走っている動物はいない。

夢中になってタイムトライアルをするなど、無理をするからいけないので、息が切れない程度のジョギングは良いとも言うが、「走る人は寿命が短いというデータも実際あります。走ったら元気になるんじゃなくて、元気な人が走ってるだけ。元気を浪費してるだけ」とも言う。

人類は石器時代の暮らしに適応している。これはほとんどの研究者に認められている「事実」だ。食事も生活習慣も、石器時代の暮らしが一番うまく行くように、体も心も機能するようになっている。では石器時代の暮らしが一番良いのかというと、そうではない。石器時代の乏しく栄養価の低い食事で効率良く生きられるようになってはいるが、いわば「無理矢理生きていた」のだ。もっと栄養価の高いものを食べれば、もっと余裕を持って生きられた。ただしそれが程度問題であるということが大事なのだ。10倍栄養価が高いものを摂取すれば10倍健康になるかというとそうではない。喩えてみれば、10キログラムの重りを使ってトレーニングしたら効果があったので、10倍の100キログラムの重りでトレーニングすると10倍の効果が得られるのではないかと考えるようなものだ。却って体を痛めてしまう可能性の方が高い。

また、石器時代の成人の平均寿命は30歳ほどであっただろう(人類全体の平均寿命は乳幼児死亡率が高いのでもっと低かったと考えられる)。となれば、それ以降の人生は石器時代の人類にとって「存在しない」ものだったので、「石器時代への適応」には縛られないものになる。当然のことながら、30歳以降の体は、30歳以前の体の延長であるから、多くの性質を保持しているのではあるが、単純に石器時代を基準として考えることができなくなるのだ。

従って、中高年に発症する高血圧や糖尿病は、自然に沿った暮らしをするだけで治癒するとは言えないことになる。場合によっては薬でコントロールせざるを得ないこともあるだろう。

また、どんなときにも楽をしたいのが人間だ。粗食が体に良いと分かっていても、おいしいものが手に入るのにそれをこらえることなど、できない人もいるだろう。そういう人のことも治療しなければならないのが医療の宿命である。