ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』(角川文庫)を読了した。本書は原著刊行が2004年、翻訳書の単行本が2006年、文庫化が2009年である。一時話題となり、ベストセラーになったが、読む機会が無かった。数ヶ月前、コンピュータ関連雑誌の記事で推薦書籍リストに挙がっていたので、今回読んでみたが、噂に違わず非常に示唆に富んだ本だった。

本書は2部構成になっており、第1部は本書の題にもなっている集団の知恵を主に扱っている。第2部はどちらかと言うと社会科学的、あるいはマネジメント論的な話が中心で、委員会、企業、市場などのダイナミクス(集団力学)を扱っている。著者のスロウィッキーを調べようと思い日本語で検索したところ、著者自身についての記事は見当たらなかったが、本書の感想文・書評が多数公開されていることが分かった。日本語ウィキペディアにも、本書自体が立項されていた。

著者については英語のWikipediaに項があった。それによれば彼は1967年生まれの米国人のジャーナリストで、2000年から雑誌「New Yorker」の記者を務め、ビジネスとファイナンスに関するページを担当している。

集合知に関する書籍は以前にも取り上げたが、本書はずっと分かり易く、まとまっている。翻訳に関しては、無理に口語的な表現を押し込んだような箇所が何カ所かあり、少々違和感を感じたが、全体的に自然で、読み易い。訳者あとがきによれば、分かりにくい隠喩や、米国では国民的スポーツであるフットボールに関連して詳細に説明されているところは削除したと言うことであるから、随分苦労して手をかけて翻訳したのだろう。

第1部での主張は、ある意味では表題通り、多くの人間が考えると、その結果は正しいことが多いと言うことである。但し、条件があり、著者は以下のようにまとめている。
[正しい判断が下せたのは]賢い集団の特徴である四つの要件が満たされていたからだ。意見の多様性(それが既知の事実のかなり突拍子もない解釈だとしても、各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、独立性(他者の考えに左右されない)、分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、集約性(個々人の判断を集計して集団として一つの判断に集約するメカニズムの存在)という四つだ。(31ページ)

集団の考えがバラバラであることが非常に重要だ。多様性が最も重要と言って良いだろう。多様性を支える要素として独立性と分散性がある。各人が独立して思考し、独立して情報を取得するので多様性が担保される。しかし、「集団の考え」を得るためには各人の考えを集約しなければならない。それが集約性である。考えを集約する手段がなければ、いくら賢い集団でも、その知恵を利用することはできない。集約性は必要不可欠な要素であるが、他の要件とは役割が異なる。

各人には情報を与える必要があるが、情報は多ければ良いと言うものでもない。
情報量の多さは必ずしもよい結果には結びつかない。1980年代後半、心理学者のポール・アンドレアッセンはMITのビジネススクールの学生を対象に一連の実験を行った。彼は学生を二つのグループに分けた。グループごとに株式ポートフォリオを組み、適正だと思われる価格をつけるのに充分な情報を与えた。そのうえで一方のグループは、自分たちが所有する株の価格上下動の情報しか手に入れられないようにした。もう一方のグループは、価格変動以外にもリアルタイムで起きていることを報せる金融ニュースを入手できた。驚くことに、情報量の少ないグループの運用実績のほうが、あらゆるニュースを入手できたグループよりもよかった。(307ページ)

勿論、必要な情報が手に入らないようでは、正しい結論には至らない。分散性を担保するためにも、各下位集団や個人が必要と感じた情報を(その情報がもしあるならば)入手できる環境が重要である。第9章ではチャレンジャー号の爆発事故(1986年1月28日、スペース・シャトルチャレンジャー号が打ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が犠牲になった事故)を事例として取り上げているが、そこではNASA内部で必要な情報が公開されず、議論が多様性を持てなかった様子が活写されている。

次回、本書の残りの話題を説明するとともに、今後の課題について考えたい。