先にこのブログで取り上げた、社会保障国民会議の報告書に基づく、社会保障改革のスケジュールをまとめた法案の骨子が、8月21日に閣議決定されたとのことだ。朝日新聞の当日の社説「医療の改革 患者の協力も必要だ」(http://digital.asahi.com/articles/TKY201308200551.html)には、将来像がかなり具体的に述べられている。
患者一人ひとりに必要な医療が何かを判断するのは、地域の「かかりつけ医」である。患者を診て、大病院で最先端の治療が必要なのか否か、リハビリや介護に重点を移すべきなのか、などを判断する。

このかかりつけ医による振り分けが機能すれば医療の効率化が達成される。振り分けの受け皿となる病院は都道府県が連携・協力させ、あるいは整備する。
簡単に進む話ではない。混乱を招く恐れもある。
しかし、急速な高齢化で、医療や介護の費用は経済の規模が拡大する以上に増える。これ以上、今の世代が使うサービスの費用を将来世代にツケ回しすることは許されない。
医療の効率化は、国民全体の責任と考えるべきだ。

その通りだと思う。しかし、いくつか問題がある。日本は、猪飼周平『病院の世紀の理論』でも詳説されているように、開業医がかなりの病床を持っている。この点は欧米とは異なり、入院病床に関して政府のコントロールが利きにくい。

多田智裕はJBpressのコラム(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38352)で「医療機関が「競争」する時代は終わった、日本の医療を救うには「協調」だ」として、今まで国は施策として、コストパフォーマンスの高い医療を提供するよう医療機関同士を競わせて来たが、そのために医療機関同士の連携や協調はほとんど検討されなかったと述べている。そして、その対策は医療機関のグループ化と協調だろうと言う。
地域の中で複数の病医院がグループを作り、医療機関の連携/統合を含めた協調を可能にする日本の医療崩壊を食い止めるために、そんな新制度が、いま一度検討されてもよいのではないでしょうか。

戦前から続いている病床の個人所有制度が、そう簡単に方向転換できるものだろうか。厚労省の診療報酬による利益誘導を柱とした施策により、厚労省が疑心暗鬼の目で見られていることは既に述べた。2025年まで、あと10年ほどしか無いのに、このような具体性の低い議論ばかりで間に合うのだろうか。それとも2025年から実質的に医療を崩壊させて国民が厳しい案を受け入れるざるを得ないような社会状況を現出させ、2035年頃から思い切った改革をすれば良いと判断しているのだろうか。

もうひとつの問題は医療側の問題だ。朝日新聞は8月27日の社説(http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201308260576.html)で「患者ビジネス 医療の押し売りは困る」と題して、「施設で暮らす高齢者や、鍼灸(しんきゅう)院に通う患者を医師にまとめて紹介し、見返りに医師から金を受け取る。そんな患者紹介ビジネスが広がっている」と批判している。日本医師会も、8月28日の記者会見で、サービス付き高齢者住宅などの高齢者施設等で生活する患者を医療機関に紹介するビジネスが一部報道されていることについて不快感を示したとのことだ(http://www.m3.com/news/GENERAL/2013/8/29/179693/)。

私もこのような行為には反対だ。医療の品位を貶める行為であると思う。医療は本質的に人の不幸を対象とする職業である。それでもなお医療者が社会において尊重されるとすれば、それは医療者が金のために働いているのではないと言う明確なメッセージを発するからだ。医療は品位を持たねばならない。さもなければ、ただの「不幸につけ込むハゲタカ」である。

ただ、このような行為も、厚労省による利益誘導の弊害ではないかと思う。今までの積み重ねを10年ほどで突き崩せるのかを心配している。