引き続き、遠藤秀紀『人体 失敗の進化史』(光文社新書)について述べたい。著者は東京大学総合研究博物館教授で獣医師でもある。

本書の第四章は「行き詰まった失敗作」で、設計変更を積み重ねてできあがった人体が、宿命的に背負い込んでいる様々な不具合について述べている。設計変更が必要になった理由は、主に二足歩行である。水平にして使用するように設計された胴体を無理やり垂直にしてつかうようにしたため、問題が生じたのだ。

最初に取り上げられているのは循環器系だ。四足動物では血液はほぼ水平に流れる。
ところがこの頭のてっぺんから胴体部分を経て、最後には踵の先までが垂直に立つという、ヒト科独自の設計変更は、心臓と大きな血管にとっては、死活問題ですらある。何せ、第三京浜を走らせようと思って作った車を、ヒューストンのロケットランチャーから垂直に打ち上げなければならなくなったようなものだ。循環系にとっては、突然身体のなかにナイアガラの滝ができ、その水をか弱いポンプで持ち上げるようなことまで要求されてしまったのに等しい。(199ページ)

ところがヒトの循環器系は、他の動物と比べてもそれほど高性能とは言えない。おまけに一番上にある脳は、全身に対して血流量の14%、酸素供給の18%を要求すると言う。ヒトの心臓付近の血圧を100mmHgだとすると、脳の入口では50mmHg近くにまで下がってしまうのだそうだ。そこでヒトは脳貧血を起こし易い。それでは重力に対抗して血圧を上げれば良いかというと、足の末端では既に血圧は180mmHgにまで上がっている。これ以上血圧を上昇させると、足の血管への負担が大きくなる。

次に話題になっているのは、椎間板だ。立位をとることで、全体重の負荷が腰椎にかかることになり、椎体骨の間の軟骨の髄核が脱出する。ただし、イヌでも、腰に負担がかかりそうな犬種の場合には椎間板ヘルニアが決して珍しいものではないそうだ。

さらに話は鼠径ヘルニア、肩凝りへと続く。いずれも設計変更による歪みが起こした問題だ。私達は引き続き設計図を描き換えながら進化を続けて行くのだろうか。この章の最後の方にある、彼の言葉を、少し長いが引用する。
実は、私にはそうは思われないのである。というのも、ヒト科は、二本足で立ってからたかが数百万年の時間しか経ていない。にもかかわらず、ヒトは二次大戦から冷戦にかけて、ボタン一つで種を完全に滅ぼすだけの核兵器を作り出してしまった。19世紀以降、ヒトは快適な生活や物質的幸福を求めて、地球環境を不可逆的ともいえるほど破壊してきた。自然を汚染し、温暖化やオゾン層破壊といった、とても局所的とは思われないほどの、破壊的な産業活動を継続して来た。

たかが500万年で、ここまで自分たちが暮らす土台を揺るがせた〝乱暴者〟は、やはりヒト科ただ一群である。何千万年、何億年と生き続ける生物群がいるなかで、人類が短期間に見せた賢いがゆえの愚かさは、このグループが動物としては明らかな失敗作であることを意味しているといえるだろう。(217ページから218ページ)

彼は、ヒトの脳こそが、ヒトを失敗作たらしめる根源だったと考える。そして次が章末の一文である。
しかし、それを憂えても仕方がない。私が心から愛でておきたいのは、自分たちが失敗作であることに気づくような動物を生み出してしまうほど、身体の設計変更には、無限に近い可能性が秘められているということだ。(219ページ)