徳永進『こんなときどうする?―臨床のなかの問い』(岩波書店)を読了した。

徳永は鳥取赤十字病院で内科医を勤めた後、2001年より19床のホスピスケアのある「野の花診療所」を開業し、癌の看取りなどを行っている(http://homepage3.nifty.com/nonohana/)。徳永の本は、随分以前に『ニセ医者からの出発』(1993年)や『死の中の笑み』(1982年)を読んでおり、とても面白い人だと思っていた。しかし、最近は彼の本を目にすることがなかった。今回、ホームページを見たら、1年に1冊以上出版している時期もあるようだ。

徳永の特長は非常に謙虚なことである。自分の医療に迷いや過ちがあることを認め、問いと「難渋」の中に医療の本質があると考えている。徳永が提示する症例は、いずれも深く考えさせられる症例ばかりで、読んで考えると、それだけ自分の考えの厚みが増したように感じる。徳永は決して断定的な結論を出さず、悩みは悩みとして、迷いは迷いとして提示する。その姿勢に私は好感を持つ。

私の知り合いで、咽頭癌の治癒後に舌癌、歯肉癌と発症し、自宅で最後を迎えた人がいる(個人が特定しにくいように詳細は変えてある)。在宅で奥様と娘さんに介護され、看取られた。本人の希望どおりの最後で、最善の経過ではないかと思ったのだが、奥様は精神的に追いつめられ、心にはトラウマが残ったようだ。なぜだろうと色々考えたのだが、現在の結論は、彼が怒りをもって終末期を過ごしたからということだ。

彼は自分のことを「極端な臆病者」と言っていたが、注射の類いは大嫌いな人だった。商社マンで多量飲酒、多量喫煙の人で、咽頭癌に罹患した時点で酒とタバコは止めたが、咽頭癌の治療後には酒を再びたしなんでいた。歯肉癌を発症し、その治療が困難と分かった時点で「これは自分が今までして来たことの結果だから仕方がないです」と言って、在宅療養に切り替えたが、経口摂取が困難にも拘らず点滴を拒否して、経口摂取にこだわった。コップから一口の水を飲むにも何分もかかる状態で、彼がコップに手を伸ばすたびに奥様は気を揉み、息を詰めて見守っていたようである。当初、彼の態度は首尾一貫し立派であると思っていた。今でも彼らしく筋を通したと一目置くが、残された家族が見送った満足を得られるような逝き方ができなかったのかとも思う。おそらく彼は過去の自分に怒りを感じ、また現在の自分も受け入れられず、怒りを抱えたまま、ある意味で意地になって、最後の時を送ったのではないかと想像する。その怒りは、言葉にされなかったが、家族にはしっかりと伝わり、家族を苦しめたのではないだろうか。

必ずしも在宅が良いわけではない。必ずしも文句を言わないのが良いわけでもない。以下の徳永の言葉は医療者(徳永自身?)に向けたものだが、誰にでも当てはまるものだと思う。
自分の哲学というものを持っている人があるとする。その哲学を臨床で貫こうとすると矛盾が生まれるような気がする。哲学を臨床に当てはめようとすると、臨床がはみだしそうになる。逆ならどうだろうか。臨床に生じていることが、一つの哲学を作っていく。確かに、先に哲学は存在しないような気がする。先に在るのは臨床。臨床の蒸気が哲学を作る。きっとそうだと思う。いや、でも、そうとも言い切れない。臨床に立つ前に、まず、いくつかの哲学がないと臨床に立てまい。臨床以前に、まず何らかの哲学が在る。それは認めないといけないだろう。それはなんだろう。(190ページ)

また、徳永はなだいなだの言葉を引用して、こうも言う。
精神科医のなだいなださんは『人間、とりあえず主義』(筑摩書房)という本を出版されている。読むと面白い。そのなださんが、「必ずしもそうとは言えない」という考え方を教えて下さる。物事を一つに断裁する時の警告となる哲学だと思う。
男は強い、女は弱い、必ずしもそうとは言えない。先生は偉い、生徒は愚か、必ずしもそうとは言えない。脳死は死だ、必ずしもそうとは言えない。臓器移植は近代医療の恩恵だから、広く押し進めるのが正しい、必ずしもそうとは言えない。がんは告知すべきだ、必ずしもそうとは言えない。がんは隠すべきだ、必ずしもそうとは言えない。死を迎える時、ホスピスが一番、必ずしもそうとは言えない。家で死を迎えるのが一番、必ずしもそうとは言えない。
「必ずしもそうとは言えない」という言葉を心に用意しておくことが、臨床を渡るのには欠かせない、と思う。臨床は「必ずしもそうとは言えない」だらけだ。(210ページから211ページ)

しかし、この本を読んでいてふと思ったのは、癌の末期はまだ良いということだ。癌はやはり死に至る病である。さほど長くない時間が経過すると、状況が一変し、多くの問題が片付いて行く。ところが、私が関わっているような重症心身障害児や、徳永も関わっているALSでは、経過が非常に長い。いつまで続くとも知れないような長い道が続く。特に子供たちは親よりも長く生きる。親は問題を残したまま先に逝かなければならない。重症心身障害者施設に入所している利用者たちを見ると、思わずそんなことを考えてしまうことがある。