阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

昨日のブログの話題に関連して、2020年5月29日にウェブマガジン「MIT Tech Review」で配信された「なぜ、高齢者ほどネットでデマを共有するのか?」(https://www.technologyreview.jp/s/206942/older-users-share-more-misinformation-your-guess-why-might-be-wrong/)について書きたい。

ソーシャルメディア上でデマを拡散しているユーザは高齢者であることが多いという。

高齢者は他の年齢層よりもフェイクニュースや疑わしいリンクを多くシェアしており、その割合は若い層と比較して最大で7倍に上っている。しかし新たな分析によると、その理由を説明した仮説には不正確なものが多く、そのせいでデマ拡散を抑制する試みのいくつかが失敗に終わっている。

「7倍」と報告しているのは、2016年の米国大統領選挙時におけるFacebookのリンクを分析したGuessらの論文「Less than you think: Prevalence and predictors of fake news dissemination on Facebook」(https://advances.sciencemag.org/content/5/1/eaau4586)だ。タイトルからわかるように、フェイクニュースの拡散はそれほど酷いものではなかったとしているが、フェイクニュースを拡散したのは「65歳より上」が1人あたり0.75件で、これは「45歳から65歳」の0.26件の2倍以上、「18歳から29歳」の7倍にあたる。

高齢者がフェイクニュースを拡散する理由としてよく挙げられるのは認識力の低下と孤独感の2つだ。だがこれらのどちらも科学的な裏付け(エビデンス)はなく、「直感や固定観念に基づいている」とハーバード大学心理学部のナディア・ブラッシャーは指摘している。

ブラッシャー博士の研究は、高齢者とデマに関する一般的な仮説には、支持するに足る証拠が欠けていることを明らかにしている。同研究ではまた、対人関係からデジタル・リテラシーに至るまで、他の要素が作用している可能性も考察されている。高齢者がネット上で大量のデマを共有する理由を説明する唯一の解は、今のところない。

私が興味を持ったのは、ファクトチェック(事実確認)が役立たないとする研究結果だ。

[ファクトチェックは]意図したものとは逆の効果を高齢者に与えている可能性がある。「『誤り』とラベル付けされた主張を繰り返し見ていると、時とともにその主張に対する高齢者の信頼が皮肉にも増すのです」とブラッシャー博士は言う。

とはいえ、高齢者の真偽を見分ける力が劣っているというわけではない。実際に「高齢者は見出しの真実性を判断する能力が実際に優れていた」とする研究もあるという。つまり、拡散は真偽とは無関係におこなわれている。これは非常にやっかいな事態だと思う。この記事では「高齢者は若い世代よりもソーシャルプラットフォームに馴染みがないことに加え、社会的な交流が狭く、よく知っている人物に高い信頼を置く傾向がある」ので、それを利用すべきだと述べている。

加齢、高齢化など、年齢に関する言葉は非常に恣意的に使われる。加齢は誕生直後から始まるとも言われるが、すでに未受精卵の時点から加齢が始まっていると言えなくもない。加齢を文字どおりに時間経過ととるか、そこに衰退の意味を重ねるかで、使い方が大きく異なる。高齢化はなおさら恣意的で、現在の日本ではWHOの定義に従い65歳以上を(前期)高齢者、75歳以上を後期高齢者、85歳以上を超高齢者と呼んでいるが、加齢の進行は個人差が大きく、医学的な分類として年齢を用いることは非常に難しい。

ただし、生命体の中では誕生後の時間の経過とともに発達と老化が同時進行しており、いずれかの時点で老化現象のほうが目立ってくることも間違いない。よく「脳年齢」など暦年以外の「年齢」が言及されるが、科学的なものではない。さまざまな臓器で老化のレベルが異なり、それをひとつの指標で表すこと自体無理があるのだろうが、何らかの指標ができれば役に立つだろう。とはいえ、そのような指標が提案されれば、その指標を改善するためだけの「老化対策」が誕生し、まるでその対策さえすれば老化しないで済むような幻想を振りまくことだろうから、利点ばかりとは言えない。

この本では、高齢者の認知的変化(認知加齢)について説明している。

高齢者は(情報量の多い)負の情報よりも正の情報を好むという正の感情効果がよく知られています。(135ページ)

参考文献を読んでいないので何とも言えないが、私はこの「正の感情効果」を知らなかったし、周囲の「高齢者」を考えても思い当たるふしがない。このような効果が生まれるのは「認知加齢の場合、身体的認知的な変化を自分自身で知り(メタ認知)、そこで適応していこうとする結果、目的や方略選択などの高次認知レベルが変化している」ことが原因だと考えられている。代表的な理論として「社会感情的選択理論」があり、人間は「これから先の時間展望の長さによって、情報獲得と感情維持という2つの目的の優先順位が変わる」のだと考えるのだそうだ。これらの考え方には納得がいく。自分自身の記憶の衰えや体力の衰えを実感すれば、今後の行動計画は小規模かつ着実なものにならざるを得ない。これ以上情報を獲得しても(新しいことを学んでも)将来的な利用価値が少ないと考えれば、現状の中で充実感を得ることにエネルギーを注ぐだろう。

私たちは外界を分類しながら理解していく。この作業をカテゴリー化と呼ぶが、どのようにしてカテゴリー化が実行されるのかには「事例モデル」と「プロトタイプモデル」という2つの考え方があるという。

事例モデルとは、私たちは経験を通じてものごとの本質的な特徴を学習し、それぞれの概念を形成していくという考え方です。(128ページ)

たとえば犬なら犬の特徴を学習して(記憶して)モデル化し、新しい動物を見たときにはその特徴を記憶された特徴(事例モデル)と比較して分類する。

[プロトタイプモデルとは]事例の要約的、平均的表現(すなわちプロトタイプ)を形成すると考えます。(129ページ)

犬で言えば、犬の吠え声、動作など個々の特徴を覚えてモデル化するのではなく、漠然と「犬とはこんなもの」といったイメージのようなものを頭の中に作り出し、それと似ているかどうかで分類する。私たちの判断の速さからすると、私たちはプロトタイプモデルに従っていると考えられるという。

さらに、そのプロトタイプを処理する特別な回路が脳内にはあると考えられる。この教科書ではイニシアルでEWと記される症例が紹介されているが、EWは動物のカテゴリーだけに障害がある。

絵を見せてその名前を言うように求めても、ヤギをリスと言って間違えるし、描かれた対象が実際に存在するかどうか尋ねても(現実性判断)、動物の場合だけ判断を間違えます。また、頭部と体を照合する課題でも人工物ではうまくやれるのに、動物ではうまくいきません。(131ページ)

著者の箱田裕司は「人間が長い進化の歴史の中で、迅速かつ効率的な判断を可能にするために、あるタイプ(カテゴリー)の情報処理に特化したメカニズム(領域固有性)を身につけてきたことを示すものです(131ページ)」としている。

そして、このカテゴリー処理の能力は、3、4歳児がすでに持っている。

マッシーとゲルマン[中略]は、3、4歳児に彼らがそれまでに見たこともないようなさまざまな事物のカラー写真を見せて、それが自分で動くものかどうか(つまり動物であるかどうか)を尋ねました。この質問に対して彼らは初めて見る対象でもそれが動物かどうか正確に答えられるということから、動物というカテゴリーの領域固有な性質があることがうかがえます。(131ページ)

3、4歳児はすでに動物に関するプロトタイプを持っていることになるが、それがどのようなものなのかはわからない。

グーグルがディープラーニングを使って猫の写真を見分けることに成功したことが話題になったのは2012年のことだ(元になったブログポストはhttps://googleblog.blogspot.com/2012/06/using-large-scale-brain-simulations-for.html、解説はたとえばhttp://zellij.hatenablog.com/entry/20130608/p1)。人間の脳は解剖できないが、コンピュータはその時点の状態を取り出すことができる。ニューロンの構造をわかりやすく分析する手法が開発されれば、少なくともコンピュータ上のプロトタイプがどのようなものか明らかにできるのではないか。そのような処理を仮にデジタル・ディセクション(デジタル解剖。最近はdissectionをダイセクションと発音する人がいるが、正しくはディセクション、あるいはディッセクションだ)と呼ぼう。多層構造になったニューラルネットワークの接続の意味づけは非常に高度な概念になるが、いつかデジタル・ディセクションが実現することを期待したい。

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