阿部和也の人生のまとめブログ

私(阿部和也)がこれまで学んだとこ、考えたことなどをまとめていきます。読んだ本や記事をきっかけにしていることが多いのですが、読書日記ではありません。

原子のように観測できないものは「ある」と言えるのかという問題は、この本で繰り返し取り上げられている。アインシュタインは観測できない量について、「物理学の理論では観測可能な量だけしかとりあげ得ないということを、本気で信じてはいけません(103ページ)」と述べたが、これはハイゼンベルクの「原子の中の電子の軌道は観測できません(103ページ)」という説明への反論として述べられたものだ。古典物理学の世界で予想されるような電子の軌道は計算することができず、電子の原子核周囲における分布確率しか計算できないということが、アインシュタインには納得できなかった。彼にとって電子の軌道は、観測できるか否かにかかわらず「存在すべきもの」だった。彼の次の言葉は印象的だ。

原理的な観点からは、観測可能な量だけをもとにしてある理論を作ろうというのは、完全に間違っています。なぜなら実際は正にその逆だからです。理論があってはじめて、何を人が観測できるかということが決まります。(104ページ)

それまでの物理学をひっくり返す相対性理論を構築したアインシュタインらしい発言だが、その彼が量子論に反発したということは非常に興味深い。

このような議論は、概念や量を表現するために使われる「言葉」についてもおこなわれている。ニールス・ボーアが直感と推測で理論を打ち立てた(62ページ)ということはすでに紹介したが、彼は概念を表現する言葉が持つ問題点について、「一つの言葉が何を意味するのかということを、われわれは決して正確には知らない(216ページ)」と断った上で、次のように述べている。

われわれが、これまで完全に決まっていて疑問の余地のないものとみなしてきた概念の適用範囲が、いかに制限されたものであり得るかということについて、まさに原子物理学において、改めて自然からいやというほど、そのことを学ばせられた〝位置〟や〝速度〟のような概念のことを考えてみるだけで十分だ。(217ページ)

しかし私たちはその「制限のある」言葉により理論を語らねばならない。ハイゼンベルクが、言語によって文法が違うように、論理も言語によって異なる可能性があるのではないかと訊くと、ボーアは次のように答えた。

「[言葉や考えが違っても]ある種の基本形態が[中略]根本にあって、それは人間によって作られたものではなく、われわれとは完全に独立した真理に属しているのだ。このように、この形態[引用者注:「ある種の基本形態」のこと]は言葉を発展させる淘汰の過程において決定的な役割を果たすが、しかもそれは、この過程によってはじめて創造されたものではない。」(223ページ)

この発言で、ボーアは人間が使う言葉や概念を超えた真理が存在すると考えていたことがわかる。

この本の第1章では、高校生だったハイゼンベルクが、彼の友人たちとハイキングをしながら、原子について論じている。彼は、なぜ炭素原子1つは酸素原子2つとしか結びつかないのか、化学反応によってなぜかならず同じものができるのかを考え、今までの物理学とは違った原理が働いていると直感した。当時の教科書にも、各原子に連結器のようなものがある絵が掲載されていたようだが、彼はその絵に納得できなかった。

原子は、直接見ることができない。そのような原子に具体的なイメージを与えて良いのかという、一種の存在論を彼らは論じている。彼の友人の中で哲学的な著作にくわしいことで誰もかなわなかったというロバートは、実験の対象にできるが作用しか見ることのできない原子をどう考えたらよいのかという彼の質問に対して、次のように答えた。
「[中略]われわれがこれから相手にしようというこの構造[引用者注:物質を分けていった究極にある原子に想定される粒状の構造]はわれわれの想像力のなかに客観的に固定したものとは全くかけ離れたもので、それはむしろ自然法則に対する一種の抽象的な表現であって、正真正銘の物ではないと思うね。」
「それでもそれを直接に見ることができたら?」
「それは決して見ることはできず、その働きだけしか見られないだろう。」
「それは下手な逃げ口上だ。なぜって、それは他のどんなものでもすべて同じだからさ。一匹のネコについても君はその体から出ている光線だけしか見ていない、つまりネコの作用だけであって決してネコ自身ではないと言うし、たとえ君がネコの毛を撫でたとしても同じことを言うだろう。それと根本的には変わりがないんじゃないか。」(20ページ)
ハイゼンベルクの指摘に対しロバートは、ネコは直接に見ることができるから「感覚的印象を表象に変化させることができる」ので、ネコには「客観的な面と主観的な面と両方ともある」としている。つまり、直接観測できるものは誰でも同じイメージを持つことができるので、客観性があり、自分たちの観念の外部にも存在しているとの主張だ。それに対して、直接観測できないものは主観的なイメージしか持つことができず、そのイメージは人によって変わるかもしれないということだ。

この議論にはオチがある。議論を聞いていた「他の仲間たちのかんにん袋の緒」が切れかかり、次のように言われたのだ。

「君たち、誰一人としてわかりもしない奇妙な話はもういいかげんでおしまいにしたらどうなんだ? もしも君たちが試験の準備をしたいのなら家でやりたまえ! 歌を歌おうじゃないか?」(22ページ)

このレベルの議論は、湯川が序文で指摘しているとおり、ハイゼンベルクの周囲の高校生たちにとっても、たしかに少し抽象的すぎた。

ニュートン力学と量子力学との関係は複雑だ。ニュートン力学は量子力学の近似であるとも言えるが、ハイゼンベルクはまったく別物とみなしていたようだ(あるいは別物とみなすべきだとの信念を持っていたのかもしれない)。米国人の若い実験物理学者のバートンとの対話で、彼はバートンに「それでは君は、相対論的力学[引用者注:量子力学のこと]をニュートン力学の改良と呼ぶことに、どうしてそんなに抵抗を感じるのだ?(156ページ)」と聞かれている。それに対して彼は、改良ならば「いままでの概念を全然変える必要はない」はずであり、量子力学は「全く新しい概念構造を必要と」するものだから改良とは呼べないと答えている(157ページ)。

彼は、「原子内における現象の直感的な時空的記述は不可能にちがいないということを、われわれははっきりと信じていた(117ページ)」と述べており、「本当に新しい世界に入りこんだときには、単に新しい内容を取り上げるというだけでなく、新しいものを理解したければ、思考の構造をも変えねばならなくなるということが起こり得るのである(116ページ)」とも述べている。彼にとって量子力学はニュートン力学とまったく別のもので、ニュートン力学を残すことは、原子の構造をニュートン力学で理解しようとする間違った考えを許容する可能性を残すことになり、良くないことだと考えたようだ。

原子物理学[=量子力学]においては、今までの概念では決して十分なものでないと言うことをすでによく知っています。ニュートン物理学は、物質の安定性に故に原子の内部では正しくはあり得ないし、それはたかだか、時によって一つの足場を与えてくれるだけです。したがって原子の構造の直感的な説明も与えることはできません。なぜなら、そのような説明には、それが直感的なものでなければならないというまさにそのことによって、古典物理学の概念が使われねばなりません。ところがそのような概念では、現象をもはや把握できないのです。(66ページ)

だがその一方で、直接観察できない素粒子は、霧箱のようなニュートン力学の世界(通常の世界)の道具を使って観測される。ニールス・ボーアは「観測と報告というこの一連の過程は、事実上は古典物理学の概念の中で起こるのだ(209ページ)」と指摘している。少し長いが引用する。

霧箱は一つの測定装置である。すなわちこの写真から、正電荷を帯びていること以外の点では、電子と同じ性質を持った粒子が箱の中を走ったということを、ここで一義的に結論できるということだ。その際に、測定装置が正しく作られていること、ならびにそれが机上にしっかりとねじでとめられていること、同様にカメラもしっかりととりつけられていて、写している間にぶれが生じないということ、レンズのピントが正しく合わされていること、等々について信頼できなければならない。すなわち、古典力学の場合に、信頼すべき測定を得るために満たされねばならないすべての条件が満たされているかどうかを、われわれは確認しなければならない。(209ページ)

つまり、ニュートン力学(古典物理学、古典力学)が量子力学の前提になっているのだ。
さらに、量子論を説明するためには私たちの日常言語を使うしかない。日常とかけ離れた量子の世界を語る言葉として、私たちは古典的な言葉しか持っていない。そこで、ニールス・ボーアは次のように述べる。

量子論は、われわれがある事柄を完全に理解することができるが、それにもかかわらずそれを語る場合には、描像とか比喩しか使えないことを知らされる一つのすばらしい例だ。(336ページ)

さらにボーアは次のようにも述べている。

ある意味で言葉というものは人間の間に張りめぐらされた網であり、そしてわれわれは自分の考え、すなわち自分の認識の能力によって、この網にぶら下がっているのだ。」(222ページ)

人は言葉によって考えるとすれば、言葉から独立した思考はない。そうであるとすれば、量子論もこの網にぶら下がっているのだろう。彼は自分の理論を「結果を計算と証明によらずに直感と推測によって得た(62ページ)」という。彼は言葉を超えた理解力を持っていたのかもしれない。その理解を表現するのにふさわしい手段がなく、言葉を使うしかないことを嘆いたのかもしれない。

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